コルサの毎日がヒルクライム

6月20日は弟子が瀬戸の陶磁器資料館に用事があるという。用事は昼までらしいので、そのあと合流してサイクリングに行くことに。

コースは弟子をロードレーサーに慣れさせるために(まだ、ロードレーサーは数回しか乗っていない)昭和の森から交通量の少ない矢作川の川沿いの道を走ることにしました。

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↑昭和の森の北にある最初の小峠。弟子に遅れをとる・・・

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↑笹戸地区にて。やはり梅雨時のせいか水量は多い様子。

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↑アユのシーズンですが・・・覗き込んでも魚影は見えず。

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↑折り返し地点の小渡地区にて河原に降りて休憩。

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↑今回、私はリッチー スイスクロス(最近、こればっかり?)、弟子はメリダ スクルトゥーラ400

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↑帰路、何度も前を通りながら気が付かなかった水汲遺跡(みずくみいせき)に初めて立ち寄る。

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↑↑、↑環状配石遺構など、なかなか興味深い遺跡でした。

前半、飛ばしに飛ばして私をちぎっていった弟子ですが後半は急に疲れが出たようで最後の峠では無口になっていました。まだまだペース配分がわかっていないようです。でも今の私より早いのは間違いない(泣)

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↑シルク研究家の、くさやんさんの調べによると1970年頃のモデルではないかと言う片倉シルク ピスト。実は以前(2012年)取り上げた友人の片倉シルク ピストに雰囲気がそっくりなのです。そちらも併せてごらんいただくと面白いかもしれません。
また、カラーリングですが、この頃はシルクに限らず、胴抜き風にメッキを残したりするものが多かったように思います。(下記アドレスの友人のシルク、私のシルクなどと同様にメッキの胴抜き、鉢巻が入るフレームが多かった)

http://corsa2003.livedoor.blog/archives/1013193.html

http://corsa2003.livedoor.blog/archives/1013195.html

http://corsa2003.livedoor.blog/archives/1013196.html

ちなみに今回のシルクのパーツアッセンブルは70年頃には特に拘っておらず70年代中頃の部品を中心に組んでいます。また競輪競技用部品でないものも使っていることをお断りしておきます。
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↑1970年代前半まで、よく見かけたヘッドバッジ。古いシルクと言うとピストでもラグレスが結構多いのですが、このモデルはラグが使われています。ラグメッキのみではなくヘッドチューブまでメッキされているのが面白いですね。フォーククラウンは、いわゆる2段肩、フォークは丸パイプです。

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↑ヘッドラグは上下とも比較的、ひげが長いタイプです。上部にはどちらのラグにも三角の肉抜き穴があけられています。ちなみにヘッド小物はカンパが付いていました。当然、このフレームの時代にはカンパは競輪部品として認可されておらず競輪実戦から引退したのち、あるいは2代目オーナーの時代に付け替えられたものかもしれません。

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↑くさやんさんによると、このダウンチューブのロゴ(特に「S」の部分が特徴的)は比較的、使用期間が短いそうで1970年頃ではないかとのことです。

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↑ダウンチューブの下部に貼られているのは海野D2×D2(DAY BY DAY)というクロモリパイプのステッカー。70年代初めくらいまでは競輪用他、高級車では時々見かけました。

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↑シートチューブに貼られたシルクの古いフレームでよく見かける、この黄色のステッカーはユーテクティックという低温ロウ付け材の物なのだそうです。
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↑シートチューブ中央の部分には何かシールの痕跡がありますが・・・残念ながら判然としません。


※つづく

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↑今回は1970年前後と推定している片倉シルクのピストレーサーを取り上げます。
この車両は、もともと競輪競争を走っていた車両です。
(部品は私が近年レストアする際にアッセンブルしたものです)

友人が競輪選手だった伯父さんから、もらったもので近年、永久貸与?という形で私が更に引き継ぎました。実は、この車両、一時、友人のところから行方不明になっていました。と言うのは友人は他に新しいピストが何台かあり、この車両はピスト入門体験車両としてのチーム員の間を転々としていたのでした。そんな車両をなぜ、自分が探し出して引き継いだのかと言うと、この車両は私が初めてピストレーサーで競輪場を走った時の思い出の車両だったからです。それ以前にロードレーサーでは何度か競輪場で競技に参加したこともありました。その経験から自分はスプリンターでないことは、わかっていたのでピストを買ってまで乗ろうとは思わなかったのです。ところが80年代前半、地元、競輪場で大会が行われることになり先輩たちから出場を半ば強制?され、この車両を借受けて参加することになったのでした。

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↑まあ、若い頃から古い物には興味があったので、これはこれで興味深い車両ではありましたが・・・競技大会に参加するという目から見ると、当時でも、いかにも古臭く見えて、正直、もっとカッコいいやつで大会に出たいと思ったものでした()
その後、実業団登録選手となりましたがピスト競技の実戦参加はほとんどなくピスト走行はフェードアウトしていきました。ところが15年ほど前、女子競輪を目指すという後輩と走る為に再びピストに乗り出すと、ピスト走行が面白くなり今は多くのピストを所有するようになってしまいました。そうこうしているうちに今回の車両のことも思い出し行方を捜し入手することになったのでした。
※ただし、病気を患い入院手術を繰り返すようになった2、3年前から競輪場での走行は休止中です(泣)

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↑↑、↑私自身は1980年頃当時でもかなり古臭く見えたので間違いなく1960年代と思っていましたがこのヘッドバッジ、ダウンチューブのロゴの組み合わせはシルク研究家の「くさやんさん」によると1970年頃の生産車輌ではないかとのことでした。

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↑次の古墳を探しに行きます。後方に見えるのは湖西連峰、本坂峠方面です。本坂峠に向かう姫街道(現国道362号線)は画像、右手を走っています。

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↑嵩山の集落近くの森にあるという角庵2号墳を探します。森の入り口付近に自転車を置いていきます。

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↑森の細道の左手にあるらしいのですが・・・

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↑あちゃ~、わかりませんね~(笑)

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↑回り込んで、やっと見つけました。羨道部分は失われているようですが玄室は問題なく残っているようです。

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↑かなり土砂で埋まっているようですが、これだけ開口部があれば入るのに問題はなさそうです。

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↑ヘルメット着用(自転車用ヘルメット)で石室を観察する弟子。ライトも、もちろん自転車用(笑)

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↑奥壁はふつう大きな岩を1枚、あるいは2枚くらいで構成していることが周辺の古墳では多いのですが、ここの古墳は小型の岩を積み上げています。(中央一番上は天井石)

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↑天井の様子。ここの古墳の石材は石灰岩ではないようで石材も石組もなにか荒々しい印象を受けます。

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↑玄室奥から羨道側を見ています。両袖式の玄室だということがわかります。

 

久々の弟子との古墳探索サイクリング、とても楽しかったのですが本日はこれにて終了。午前中に単独であたりをつけておいた古墳が3基ほどありますし周辺には古墳群がいくつかあるのはわかっていますので、また機会を作って行きたいものだと思います。
ただ、これからは・・・草も伸びるし虫も出てきますからねぇ(笑)

こんな、ご時世なので弟子とのサイクリングも自粛していました。コロナ騒動も少し落ち着いてきたので久しぶりに弟子と古墳探索サイクリングに行くことにしました。

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↑さて到着が遅くなっていた弟子ともようやく合流。二人で古墳探索に走ります。手前は弟子のメリダ。タイヤをグラベルキングの28Cに交換してあるので多少の未舗装路も大丈夫。私はモールトンTSRです。

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↑豊橋市嵩山町奈木集落の西側にある八幡社に到着。神社の境内、裏山には15基ほどの古墳(瀬戸古墳群)があったそうですが・・・古墳探索の前に社前の階段で、お昼ご飯(笑)

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↑瀬戸古墳群は15基の古墳が確認されているようですが、あまり良い状態ではないそうです(ほとんどが石材を抜かれてしまっているらしい)状態の悪い古墳の中で3号墳が、かろうじて半壊状態の石室が観察できるとのこと。社殿に西側にあるらしいので探索します・・・林の中に盛り上がったところがあります。これが墳丘でしょうか?

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↑弟子が南側に回り込んでみると石室らしき石材が見えるとのこと。画像ではわかりにくいのですが弟子の左にも石が見えています。この石も、もともとは石室を構成していた石材かもしれません。

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↑枝葉の陰に、かろうじて石材が見えました。

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↑近づいてみると、こんな状態。奥は光が見える通り、天井石も失われています。かろうじて天井石が一枚残っている様子。これでも、この瀬戸古墳群では一番状態が良いらしい・・・

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↑瀬戸古墳群はこれで終わりにして次の古墳を探すことにします。こんな道でもグラベルキング28Cですから初心者でもなんとか走れます(笑)

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