コルサの毎日がヒルクライム

今回、ご紹介するのは昭和42年10月(1967年 なんと40年前)の

「サンツアー総合部品単価表」です。

もちろん、一般ユーザーに向けたものではなく問屋さん、小売店さん向けの物です。
この単価表から、一部のページをアップしてみました。
(単価表のサイズはA4です)
掲載されている変速機の、いくつかは過去のブログに実物の画像をアップしています。
http://blogs.yahoo.co.jp/corsa2003sp/9865643.html

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1枚目 
表紙の青い部分の左上には小さくサンツアーのパテント、「スラントパンタ機構」のイラストがあります。
イラスト下に「SLANTING PANTOGRAPH MECHANISM」の文字が入っています。

表紙の右下には「Maeda Industries,Ltd」と入っています。
サンツアーの67年当時の正式社名は、(株)前田鉄工所でした。

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2枚目
グランプリRD No.2300
グランプリの名前からなんとなくレース仕様かと思ってしまいますが、
のちにトップノーマルに変更したコンペティションRDがレース向として販売されました。
(グランプリはローノーマルですが、もちろんレースに使われたかもしれません)

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3枚目
グランプリRDの部品価格表です。右上に「昭和42.10」の文字が見えますか?
当時のRD の価格が1800円だった事がわかります。
40年前の価格ということを考えると結構、高いような気もします。
ちなみに小売店渡価格(卸価格)は1200円です(66.7%)。
グランプリ5段セット、グランプリ10段セットが価格表に載っているのも興味深いですね。

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4枚目
スキッターNo.2200
ベストセラー変速機。80年代までカタログに載っていました。

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5枚目
ヒーローNo.2700
あまり見かけないヒーローRD、コルサは一度入手しましたが熱心な
サンツアーファンの方に譲ってしまいました。
ヒーローの名前で少し違う形の物も、この時代にありました。
また、80年代にもヒーローの名前を持つRDが短期間?販売されていました。
(BLのネーム違いだと思います)


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6枚目
以前、当ブログに画像をアップしたキャパシティが変更できるアジャスタブルガード。

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7枚目
スパートFD No.3700
マイナーチェンジを繰り返し80年代までカタログに載っていた名作?FD。
トップノーマル式です(ワイヤーを緩めた時アウター側に変速する)。
この部品単価表に載っているFDは、このスパートだけですが、
この時代、スライド式FDもあったはずです。

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8枚目
WL及びSL。
なぜか「レバーワイヤー」と書かれています。
裏の価格表を見ると納得、インナー、アウターワイヤーの単価が載っています。

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9枚目
60~70年代に結構、軽スポーツ車に採用されていたロングレバー。
このページ以外にもシングルレバーが2ページ紹介されています。

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10枚目
フリーの名作?パーフェクトが載っています(パーフェクトも寿命が長い)。
他に3段、4段のフリーが載っています。
良く見ると多段フリーでありながら適応チェーンが1/8(いわゆる厚歯)の物もありますね。
余談ですが古い国産チェーンのパッケージで1/8(厚歯)サイズの物に
「ディレイラーチェーン」と書かれた物もあります。このフリーに適合するわけですね。
また変速機のケージにも(1/8用)とか、あったと思います。


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11枚目
右の2点に注目してください。実演台A型、実演台B型とあります。
変速機の実演をして普及促進する為に作られたのでしょうね。
60年代は、まだまだ、変速機が目新しい?時代だったのでしょう。


※2008年も、まだまだサンツアーネタ、取上げていきます。
  (くどい、なんて言わないでね)

すでに、他の参加者の方々のレポートで、ご存知かと思いますが(笑)、
23日、岡崎市 千万町「萱葺屋敷」に、けったさんのプランニングで行って来ました。
千万町は町名ではなく「ぜまんぢょう」と読みます。旧の額田郡額田町千万町地区になります。

コルサにとって千万町はクラブレースや車でよく通った、なじみのコースですが萱葺屋敷には寄った事がなく、けったさんにプランニングをお願いして今回のサイクリングが実現しました。
今回は(も)天気が心配されましたが(実際、コルサの家付近では当日朝も雨が降っており、走行はあきらめてました 笑)、コルサ以外の皆さんの日ごろの行いが、よほど良いらしく、天気は、あっという間に回復、総勢6人で楽しいサイクリングとなりました。

詳しいサイクリングの模様は
kokoさん、http://blogs.yahoo.co.jp/koko_car_suki/39465646.html
けったさん、http://www.tcp-ip.or.jp/~ketta/index.htm
reynolds531jpさん、http://blogs.yahoo.co.jp/reynolds531jp/39491621.html



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萱葺屋敷の軒先に、並んだ参加者の自転車たち。
コルサのロードは自主規制により写っておりません(笑)
コルサは雨で濡れてもサビないようにカーボンのロードで参加しましたので(笑)



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taro427scさんが、いろりの火をおこして?います。
煙でreynolds531jpさんが隠れてしまうほどで、凄く、けむそうですが
座っていれば、それほどでは?ありません(立つと煙いですね)



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いつもながら食事が済んでも自転車談義で、なかなか出発できませんね~(笑)



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千万町にあった、「野仏」群。
これは、この地区各地ににあったものを移転、集合させたものの由。

千万町地区(千万町街道)は戦国時代「長篠の戦い」の際、鳥居強衛右門勝商が
通ったともいわれています。
(千万町街道を通らず南側の男川沿いの道を通ったという説もある)

ちなみに、武田軍は、長篠の戦いの前、旧、飯田街道で足助地区に進出し、そこから南下、
ここ千万町から東に、わずか数キロの作手地区をとおり吉田方面(現在の豊橋市)に出たあと
東に転じ長篠城に向かっています。

武田勢に囲まれた長篠城から鳥居強衛右門勝商(とりいすねえもんかつあき)が志願して長篠城を
脱出、岡崎城(織田、徳川連合軍)まで助けを求め走ったといわれています。
その知らせに織田、徳川連合軍が出動し「長篠の戦い」に至ります。

「長篠の戦い」については、ご存知かと思いますが
1575年 織田信長、徳川連合軍が鉄砲隊で武田騎馬軍団を打ち破ったことで有名な合戦です。
この大勝利で織田信長は天下統一への道のりを一歩、進めますが信玄以来の重臣の多くを失った
武田勝頼は、その損失を回復出来ぬまま滅亡していくことになります。

ずいぶん話がそれてしまいましたが、
いずれにしても歴史のある山村で戦国時代以前から、人々が往来した街道があったと
いわれていますから石仏が多いのも頷けます。



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六地蔵、薬師如来、馬頭観音など、いろいろな物がありますが、
これは、ひとつの石に三十三体の観音仏が彫られているという珍しい物。



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前回のサイクリングの際、ご紹介した宮崎地区の猪垣です。
今回は、立派な石碑をメインに画像をアップします。
この立派な石碑、なんと、個人の寄贈だそうです。

猪垣の画像他、前回の様子
http://blogs.yahoo.co.jp/corsa2003sp/9708210.html



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日も傾いてきたなか、東海道(国道1号線)本宿を目指します。
地元、けったさんの巧みなコース設定で、車の多い道を、あまり通らず、
こういった道を縫うように走ります。
おかげで、車におびやかされず安心して、みんなで走る事が出来ました。


けったさん、kokoさん、reynolds531jpさん、taro427scさん、mako454jpさん、
皆さんお疲れ様でした。
また、一緒に遊んで(走って)くださいね。

今回はコルサの自転車、ラーレーを、ご紹介させていただきます。
この自転車、ロードーレーサーに次ぐ出動回数を誇ります?が、
出動回数が多い割りに走行距離は伸びません。
というのは行き先がコンビニ、郵便局、ホームセンター+(たまにポタリング)という
足代わりの自転車だからです。


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車名は「ラーレーRF8」といいます。
ラーレーはイギリスのブランドでしたが今はアジア製がほとんどだと思われます。
今回のモデルも「台湾製」で販売はアラヤが行っています。
アラヤ ラーレーHPアドレス→http://www.raleigh.jp/index.htm
まず、外観上の特徴はシングルスピードに見えるところでしょうか。しかし実際には
シマノ ネクサーブ インター8という内装8段式のリヤハブになっています。
コルサのモデルは2006年式ですが、ほぼ同型で2007年も販売されています。

画像の状態はコルサ好みに、少し改造されている部分もあります。
タイヤはパナのTサーブの中古に、サドルもビニールサドルからセラ イタリア ターボの
ボロ中古に変えています。
それ以外の改造点は後ほど、ご紹介させていただきます。

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これが後ろハブまわりで、これで8段変速が可能です。
画像の外装ギヤは歯数の違う物に変更可能になっています。
さて、皆さんが、一番、興味のあると思われる内装8段のギヤ比ですが、ラーレーの
カタログには、このように表されています。
「トップ52×13T相当、ローギヤ30×23T相当」との事です。
(フロントチェンリング44T、リヤ外装ギヤ18Tの場合)
これをギヤ比で見ると「4.0」~「1.304」ですから、このギヤ比を8枚のギヤで
割り振ると一段一段がかなり、離れている事がお判りになるかと思います。
その為、フロントWまたはTでリヤ8~10速のシフトに馴染んだ人には、最初、
非常に使いづらく感じられると思います。
最近の多段外装の駆動系で言えば一度にリヤを2~3枚ぐらいチェンジしてしまった
感じといえばわかりやすいかもしれません。
正直、コルサも始めて乗った時は「ギヤ比がワイドすぎて使えねー」と思いました(笑)。
ただ、普段乗っているロードとの比較の問題で、やはりシングルより、
チェンジが出来るのはありがたいですね(笑)
コルサのラーレーはフロント44Tから42Tに変更してありますが、それでもトップ側の
ギヤはほとんど使えません。
リヤを大きくする手もありますが、そうすると、今度は軽い方のギヤが軽すぎて
使いにくくなってしまします。
やはり、もう少しギヤ比をクロスにした方が使いやすいように思います。

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これがシフトのコントロールボタンになります。
右側の「+」表示のレバーを押すと「トップギヤ側」に変速、左側の「-」表示のボタンを押すと
「ローギヤー側」にチェンジしていきます。
チェンジは停止状態でも作動するのでトップ側の重たいギヤで停車してしまっても、
再発進の際、停止状態でローギヤにチェンジしてから発進する事が出来ます。

ギヤのポジションが表示されているのは便利ですよ、外装式なら、リヤを覗けば、だいたいの
ギヤポジションがわかりますが内装式は、どこに入っているかまったくわかりませんから。

また、シマノのカタログでは「軽い負荷」がかかった状態でもチェンジできます」と
書いてありますが、逆に?結構な負荷を掛けた状態(ダンシング等)でも問題なく
チェンジします(メカに負担を掛けるので、お勧めは出来ませんが)。

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駆動系です。
チェンホイールはシュパーブのクランク+マイティ インナーギヤに交換してあり、
旧車ファンの方への話題の「つかみ」も可能なように配慮しています(笑)。
チェンガードはギヤ板の加工ではなくスギノのシクロクロス用ガードを外側だけつけています。
BBはスギノのマイティ ロード用でチェンラインは、ほぼ問題ないレベルで
おさまっています。

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ペダルは、三ヶ島シルバン プロムナードに交換しています。
このモデルは生産中止になってしまい、プロムナードの名前は他のモデルに使われています。
現在、シルバンにはツーリングというペダルがありますが、このプロムナードの
方が左右の幅が狭く、コルサは気に入っています。


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リキセン カウル(リクセン カウル?)というブランドのフロントバックをつけています。
これは「バギー」というモデルになります。
ここの製品は作りは、しっかりしていますが、やや高めのお値段が気になります(笑)。
リクセン カウルhttp://www.g-style.ne.jp/products/rix/index.html


※ブログ容量確保の為、画像を削除しました※
リキセンカウルのアタッチメントは、画像の赤いボタンを押すとワンタッチで
バックの脱着が出来て便利です。

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リキセンカウルには、こんなカゴも用意されています。
カゴには取っ手もありますので買い物用のエコバック?としても使用出来ます。
ポタリング時にはナイロンバック、買い物などにはカゴと簡単に交換出来るのは思いのほか
便利で重宝しています。


※ブログ容量確保の為、画像を削除しました※
ポタリング中の公園にて。
あと、万能?の「足自転車」とするには泥除け(雨上がりに乗れるように)を付ける事と、
スタンドの装備でしょうか?
泥除けは着ける気になれば問題なく付きそうです(クリアランスが綺麗に出るかどうかは不明)。

スタンドはリヤハブの近くにつけるタイプは好みではありません。
BB後ろに付けるセンタースタンドなら我慢できる範囲ですね。
ただ、このラーレーはチェンステイブリッジなども付いているのでセンタースタンドを
つけるスペースが、ほとんどありません。
さすがにチェンステイブリッジパイプを切断する勇気は・・・ないですね(笑)。

まとめてして、ラーレーRF-8は内装式ハブのシンプルなスタイル、乗りやすさで非常に
気に入っています。
あえて難点をあげるとしたら乗り心地の固さでしょうか。カーボンフォークを使っていますが
アルミフレームのせいか乗り心地は、かなり硬い感じがします(同じ自転車に乗る友人も同意見)。
これには現在、装着のタイヤ、空気圧も影響していると思います。
もう少し太目のタイヤを低圧で乗れば、当然、乗り心地は良くなるでしょう。

シマノ インター8内装ハブについては、シンプルな外見は二重丸です。
ただ、前述のとおりワイドすぎるギヤ設定は、ちょっと使いずらいですね。
それから、フリクション(内部抵抗)が、外装式変速システムより、非常に大きいのが
気になります。ギヤ比が、うまくセッティングできたとしても、内部抵抗を、
もっと軽減出来ない限りレースには使えないと思います。
もうひとつ、気になる点として細かいことですが、2枚目の画像どおり内装ハブの固定が
15ミリナットの固定になっていることですね。Qレバーでない為、パンクした際、
チューブ交換には15ミリのスパナが必要なのでサイクリングの際持参しなければ
ならないことです。
(15ミリスパナは結構大きいですから)

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ここにサンツアー シュパーブのカタログがあります。


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広げてみるとこうなっていて、2ヶ所で折り目が付けられています。
向かって左側部分が裏表紙、中央が表紙になり右側に中折される部分(半ページ分)があります。
一枚の紙の裏表に印刷されたもので、裏表紙に当たる部分に小さく「1975」の
文字がありますから、当然、その年に印刷された物でしょう。


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では裏返して紹介されている製品を確認してみましょう。
このカタログに載っている製品はこれで全てです。
「あれ、表紙にはシュパーブとあったはずなのに」
この後の拡大画像2枚で、よく確認してみましょう。


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サイクロン変速機、ウイナーフリー、ピスト用固定ギヤ、フレーム材料などしか
載っていません。
「シュパーブ部品はどこに載っているの?」でも前述のとおり紹介されている
部品はこれで全てです。


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別の資料を見てみましょう。
これは、79年のショップ用厚口カタログの1ページです。
このページには初代シュパーブのロード部品が一式載っています。
(ブレーキレバー、FDなどは最初期の物から既に変更になっています)

そこで、改めて、いろいろ確認してみると・・・・・なんと!?
1枚目の画像のカタログ表紙は「SUPERB」
このカタログ写真を見ると「SUPERBE」になっています。
あれれ、アルファベットのつづりが違います。そう、末尾に「E」が増えています(笑)


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もう一度、カタログを良く見てみましょう。
中折部分の文章を読んでみてください。


読んでみると、なるほど、このカタログの時点(1975年)では「SUPERBE」シュパーブという、おなじみの部品群は、まだ発売前だった事がわかります。
1973年にシマノはデユラエース コンポーネントを発表し、またカンパはそれ以前からコンポーネントとしての部品を販売しています。

カンパ、デュラエースのコンポーネントに対応しなければならなくなったサンツアーは当然、新しいコンポーネントを開発し、シリーズ名を検討することになったはずです。
その時、上記のカタログの表紙に使った「SUPERB」の言葉が思いだされたのでしょう。
そう、「SUPERBとは華麗で気品高く他の追随を許さない物だけに許される・・・」という新しい、高級コンポーネントにふさわしい名前です。
ただ、そのまま「SUPERB」の文字を使うことに何らかの抵抗があり末尾に「E」を加えて「SUPERBE」としたのでしょう。
(このあたりの経緯について当時の雑誌かカタログにも紹介されていそうですが(いたような)、探してみても今のところ見つかりません)

「SUPERBE」シュパーブ コンポーネントは1976年のケルンショーで初披露され、雑誌「サイクルスポーツ」に、しっかり紹介されたのは1977年2月号です。
そのページを見るとロード、ピストの部品が白黒写真で4ページにわたって紹介されています。
説明文を読むと「当初の生産量は月産2000セット、厳しい品質管理を売り物にしていきたい」とありサンツアー及びJEXグループ(スギノ、三信、吉貝、三ヶ島)の意気込みが伝わってきます。
ちなみに、これ以前から雑誌広告も掲載されていましたがパッケージ(化粧箱)の白黒写真だけで製品は、まったく写っていません。

サイクルスポーツ1977年4月号ではデュラエースとシュパーブの部品を組んだロードを、それぞれ用意し比較試乗を行っています。
21ページにわたるもので当時のシュパーブへの注目度と期待度が伝わってきます。
この記事を当時、高校生だった(生意気にもデュラフルセットのロードを買ったばかりだった)自分は一喜一憂、ドキドキしながら読んだ物です(笑)

実際に初代シュパーブの部品が販売されるようになったのは77年中頃ではなかったかと思います。
このあと、コルサはサンツアーの独創的な部品群に、どんどん傾倒していくことになったのです(笑)

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16日は天狗党カップの最終戦(今期10戦目)。
コースは本宮山頂上近くの駐車場まで登る本格的、ヒルクライムコースです。
距離は約9キロ(標高差約600m?)、一ヶ所だけわずかな下りがあるが、あとは厳しい登り(9~10%)が続く。

第9戦デュアスロンでコルサがK合君に惨敗した為、年間チャンピオンはK合君に、ほぼ決定。
コルサの逆転優勝は実質的にありえない(参加者人数によるポイント制の関係)
そうなるとコルサの今日の目標はクラス優勝しかない。
以前のヒルクライムでF井君、A部さんに負けたリベンジしかないのだ。
ただ、A部さんは先日のピストレースで名誉の負傷。今日は出場しない。
そうなるとF井君との対決だ。

スタート直後、やはりF井君(実力、一番)、K合君(2007年度クラス チャンプ)、S浦氏(参加者 最年長?)とコルサの4人で先頭集団を形成。
序盤、F井君のペースについていけず、まずS浦氏が脱落する。残った3人、先は長いので淡々と登るが、ここから徐々にK合君が遅れだす。

中盤、K合君が先頭集団から脱落。ついにF井君とコルサのマッチレースになる。
だがコルサも少しずつF井から離れ気味になる。
それでも最初の約5キロをなんとか射程圏内?で着いていく。
スカイラインに入ると、それまで以上にきつい登りが続く。ほとんど全線9~10%程度、そのうえ路面が積雪時のスリップ防止の為か、凹凸の激しい舗装になっていて選手の疲労を倍増させる。

スカイラインに入るとF井君に走りにダンシングが多くなってきた。コルサはコンパクトドライブで34-25Tまであるのでシッティングでこなしていく。ここでコルサとしては「ダンシングを多用するF井君は後半ばてる?そうしたら差を縮められるかも」と考えていたのであるが、結局はジリジリと差を広げられ、そのままゴールとなった。

※画像は今回もO畑君、なかなか撮影の腕が上がりませんが(笑)

[[attached(,center)]] ※※ブログ容量確保の為、画像を削除しました※※

国道301号線の約5キロの登りを終えて、スカイラインに入るK鬼君。
でもまだ、ここから約4キロの登りが続く(勾配は更にきつくなる)。


[[attached(,center)]] ※※ブログ容量確保の為、画像を削除しました※※

クラス優勝、F井君のゴール。今年ずいぶん速くなりましたよね。
でも、年齢的に1.5回りくらい上のコルサに、このコースで2分ぐらいしか差を
付けれないようでは、まだまだ修行が足りん、って偉そうにいっても負けは負け(笑)

※※ブログ容量確保の為、画像を削除しました※※

前方、やる気会1位、スーパークライマーO氏のゴール。
後方はクラス2位のコルサ(5分後スタートのO氏にも抜かれてしまった・・・)。
この画像からも勾配のきつさが判っていただけるでしょうか。

※※ブログ容量確保の為、画像を削除しました※※

2008年は競輪学校入学?のA野君、登りも結構いけます。

※※ブログ容量確保の為、画像を削除しました※※

2007年年間チャンピオン獲得、K合君のゴール。
O畑カメラは、なぜか、K合君を撮ると、いつもピンボケ。

※※ブログ容量確保の為、画像を削除しました※※

プロを目指す?若手のゲスト(3人)は、なんとピストで完走(驚)
このコースをピストで登るのもすごいが、ここからの下りを固定ギヤとプアな簡易ブレーキで
下るのは、もっと大変かも。

※※ブログ容量確保の為、画像を削除しました※※

今回、最年長?のS浦氏、お疲れ様でした。

※※ブログ容量確保の為、画像を削除しました※※

Y田さんも、無事完走。
ネオクラッシックな自転車に注目。
ちょっと前のカンパが素敵、フレームはフランスのTVTでしたっけ?
カンパのアルミディープ、前後揃ったロード用は希少?

※※ブログ容量確保の為、画像を削除しました※※

そして、最後は、ごっちゃん!
久しぶりの参加で、完全に、いっちゃってます(笑)
でも、ブランクのあと、このヒルクライムに挑戦する気になっただけでも、たいしたもんです。
次回はO畑君も走るよね、絶対。

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