12月1日(土)はI氏からサイクリングに誘っていただいた。
昨日も、けったさんと走ったばかりだが・・・
I氏は以前からの知り合いで最近、山サイクリングで何度かご一緒している。
最近は乗車率1割以下??の東海自然歩道を二人で担ぎまくった(笑)

I氏の、ご自宅は砥鹿神社の近く(愛知県豊川市一ノ宮町・旧宝飯郡一宮町)。
砥鹿神社(とがじんじゃ)は三河の人間なら知らない人はいない?。
三河の国、一ノ宮だ。(三河で一番格が高いと言う意味の地名になっている)。


イメージ 1

まずはI氏宅の、ごくごく近く砥鹿神社のすぐ南にある戦国時代の一宮砦跡を訪ねる。


イメージ 2

案内板が読みにくいのは朝露のせいです、あしからず。


イメージ 3

戦国時代の砦なので石垣などはない。
西側は旧街道に面していて簡単な土塁が残る。
東側は画像のとおり今も急斜面で、自然の地形を利用した、かつての砦の様子が想像できる。


イメージ 4

一宮砦から北に進むと、すぐに前述の三河の国一ノ宮、砥鹿神社に到着。
12月に入ったが七五三だろうか。(この画像は帰りに撮影)


イメージ 5

砥鹿神社の東側には、こんな小道がある。
地元では、これが戦国時代の伊那街道であるといわれている。
(伊那街道は現在の豊橋、豊川地区より信州方面に続く街道、時代により多少ルートが変化)
ここは、道が良く残っているが、この先では、畑になったりしているところも多く自転車でも、すでに
たどる事は難しくなっていた(畑のすみを通らせていただいた)。


イメージ 6

戦国時代の伊那街道を北へたどると砥鹿神社の末社、津守神社がある。
なぜか現在は近くに有った「オモノ川水神社」(同じく末社)も境内の一角に合祀されている。


イメージ 7

伊那街道からはずれ北上して、さあ、いよいよ風吹(風越)峠へ向かう。
ここは現在の豊川市一宮町上長山地区から岡崎市雨山町地区に抜ける旧道である。
雨山地区に抜けたあとは岡崎市方面等に続く道もある。

この峠は夏にコルサ単独で北側から挑戦している。
その時は峠を超えかなり南側に下ったところで道を完全に見失い断念している。
それで、今回、反対側の南側から再挑戦したのだが・・・いきなり、道跡も見えなくなり、担ぎになる。
余談だが今回のI氏の自転車はリサイクルセンターで見つけたランドナーを改造した物。
ビルダーは不明だが、かなりレベルの高いオーダーフレームと思われサンプレ3点、イデアル87、プロダイ付完成車で1.5万円だったそうだ(うらやましい)。


イメージ 8

道なき道を尾根伝いに、しばらく行くと林の中に安政年間の年号がある「大神宮」と彫られた祠を見つけた。
まわりの荒れ具合が画像から感じていただけるだろうか。
単独だったら、ここまで来る前に確実に断念しただろうと思うほど荒れたルートだ。


イメージ 9

祠からも、こんな感じの道が続く。
悪条件を表すように既にI氏のテールランプレンズが失われている。
後で気が付いたがコルサのサイクルメーターのセンサー(フォークバンド止)も紛失していた。
しかし、本当に、ここが旧道なのかも確認できるような道跡は全然見つからない・・・。


イメージ 10

すでに山に入って1時間ぐらい経過している。ほとんど押しと担ぎの連続である。
峠は見えるのだが道跡は、ほとんどなくペースはあがらない。
もう道跡は、ほとんど見つからない為、尾根伝いに、とりあえず前進するといった感じ。
コルサが夏に来た時は更に樹木が生い茂っていたわけですから、踏破は到底無理だったんですね(笑)。


イメージ 11

画像はないが峠手前の南側は、そこそこ道幅もあり古道のおもかげが残っていた(前回確認済み)。
山に入って1時間30分くらいで、やっと峠に到着。
峠付近は倒木が重なり荒れている。画像は峠を北側から南側を見ている。展望はない。
左の階段は電力会社の保守点検用のもの。


イメージ 12

峠から稜線を東に数百メートル行くと展望が開ける(ここに送電用鉄塔が立っている)。
画像は稜線から南側の新城市側を望んでいる。
中央正面は標高382,1mの吉祥山。
吉祥山の麓は古墳時代後期の古墳群があるそうで、今後、コルサの要調査対象地区指定(笑)
登っている時は感じなかったが、ここに来ると急に風を感じる。
峠名のように風の通り道?になっているようだ。
ここには第二東名が通ることになっており眼下に見える池を橋で越え、
中央手前の尾根をトンネルが通る予定。


イメージ 13

峠から北側は以前2度ほど訪れている。道もしっかりしており、こんな感じ。
峠直下で2ルートに分かれるが、どちらも麓に通じている(途中、また合流する)。


イメージ 14

シクロクロス車を巧みに操り?下ってきたコルサの勇姿である(笑)
今回もリッチー スイスクロス(700C WOミシュラン ジェットタイヤ)を使用。


イメージ 15

少し下ると雨山ダム、ダム湖の公園があり振り返ると今越えてきた峠方面が望める。
風吹(風越)峠は中央稜線の鉄塔の右側になる。
峠そのものは手前の尾根の陰になり見えていないようだ。
ここで、パン、おにぎりなどの昼食を取って休憩。


イメージ 16

ダム湖から、下るとすぐに雨山の集落にはいる。
このあたりは戦国時代の古戦場でもあるそうです(今川勢と織田勢の争い)。
雨山地区の「熱田神社」、案内板によると日本武尊他12柱を祭るとありました。
開山は不明ながら1516年に屋根を葺き替えたとの記録があるそうです。
山深い地区ですが歴史があるのですね。


無事?風吹峠(風越峠)を越える事が出来ました。
自分は、今日の予定はこれで終わりかと思っていたら健脚のI氏は次のプランを用意していました。
それは、やはり忘れられた旧道の峠を尋ねるプランでした。
それ以外にもコルサが見たかった遺構を偶然、発見し大興奮?の模様は次回に続きます。