もう12月30日です。年末ですが家にいても、たいした事もしませんし(笑)
知人を訪ねれば迷惑でしょうから、サイクリングに行くことにしました。

まずは豊橋市東部の多米町に車を置き、そこから北上、別所街道に入り「和田辻」交差点より
本坂街道(姫街道)を訪ねます。
・「別所街道」は愛知県豊橋市方面から信州に抜ける旧街道です。
・「本坂街道」(本坂通)(姫街道)は東海道の脇往還で、東海道見付宿(静岡県磐田市)から
浜名湖北部を、とおり本坂峠を越え嵩山宿(すせしゅく)を経て東海道御油宿(愛知県豊川市)
に抜けています。

姫街道の、いわれは東海道、浜名湖今切(難所)の渡船と新居の関所を、さけるため「お姫様」が
好んで通った道というのが通説です。
しかし最近では「ひなびた街道」という意味の「ひね街道」が、なまったという説が有力で、
東海道より歴史が古いといわれています。

資料によれば1708年の一年間で大名などの本坂峠越えは300回以上!?あったそうです。
(千人以上の行列が16回、百人の行列50回)
ちなみに1707年からの7年間で、お姫様は一人しか通っていないそうです。

面白い話としては、
1718年には八代将軍吉宗の実母、浄円院が一万人!の行列を連ねて通ったという記録もあります。
また、1729年には安南国(ベトナム)から将軍に献上された象も、ここを越えたそうです。
(ここより東、引佐峠の手前に、急な坂道に象が鳴いたという象啼坂という所もあります)

ちょっと話が長くなりました。


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別所街道を北上、「和田辻」交差点を右(東)に折れ「本坂街道」に入ります。
本坂街道に入るとすぐに一里塚がありました。
最近作られた物のようで築山(昔は道の両側に一里塚の目印に築山があったという)もありません。
ここからだと江戸より京のほうが、かなり近いようです(笑)


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稜線の低いところがこれから向かう本坂街道、本坂峠でしょう。
右は現国道(有料トンネル)で左が旧道、嵩山宿(すせしゅく)になります。
旧道側に入ると更に先で大正時代に整備された道と、旧街道の本坂街道と別れます。
嵩山宿には幕末頃、旅籠11軒と本陣があったそうです。
現在は宿場を感じさせるものはあまりなくわずかに石垣、門、蔵がある家などが往時をしのばせます。
今日は12月30日ということもあり昔懐かしい石臼と杵で餅つきを準備している家が数件見られました。
もう少し遅い時間に通れば、つきたてを、ご馳走になれたかもしれません(笑)

のんきな事を言っていますが、実際は天候が悪くのんびりとはしていられません。
雨が降り出して路面が濡れ始めているのがお判りになりますでしょうか。

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本坂峠に向かい山道に入りました。
画像の右側奥に築山(前述のとおり一里塚の目印)があり、ここが嵩山の一里塚です。
ここから東海道 御油宿まで四里だそうです。
それにしても、この山道を大名行列が越えたのでしょうか。
籠を、かつぐ家来はもちろんですが籠に乗る大名も大変そうです。

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旧道の途中から大正時代に作られた道に出て旧トンネルに着きました。
トンネル手前から本坂街道に再度、入ります。


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旧道に入るとこんなところもあります。
その昔、弘法大師が、この地を訪れた時、この清水を飲んだそうです。
残念ながら最近は水がかれています。


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本坂峠(標高328m)につきました。右が静岡県側、左側が豊橋側になります。
10年ほど前に、ここ姫街道を訪れた時は若いハイカーの「お姫様」達に、
たくさん出会ったのですが・・・
今日は、さびしいかぎりで誰もいません。
まあ、あまりたくさんの人がいる時に、自転車で行くのも気が引けるので良しとしましょう(笑)

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ここ本坂峠から湖西連峰を稜線伝いに南下します(豊橋自然歩道)。
こんな気持ちが良く、乗車していけるところもあります。

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富士見岩につきました。ここは休日にはハイカーの休憩場所(景色の良い食事ポイント)として
賑わうところですが年末で天候が悪いこともあってか誰もいません。

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岩の上から浜名湖南部を望みます。遠くに見えるの遠州灘(太平洋)です。
左上部に見えるのは浜名大橋?でしたっけ?旧浜名バイパス(現、国道1号線)です。
天気が良ければ、ここから富士山も見えるそうですが、今日はあいにくの天気です。
雨は幸い、やみましたが時々、みぞれが降って寒くて仕方ありません(その上、強風)。
あまりの寒さに岩の上で、たったまま(足踏みしながら)パンを食べて、早々に出発します。


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凄い傾斜で乗っていけないところもありますが、おおむね、こんな感じのところで
乗車出来るところも結構あります。
ただ落葉の下に鋭利な岩が隠れているので気をつけないとバーストの可能性があります。

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山道を行くと、突然こんな所に出ます。国指定史跡、大知波峠廃寺跡です。
ここは静岡県湖西市側になるようで、湖西市教育委員会が発掘調査、整備しています。
石垣などが綺麗に保存されていて気持ちの良いところです。
この山寺は文献などに記録がないそうで謎とされていましたが近年、発掘調査の結果、
いろいろ判って来たようです。
それによると時代的には10世紀中頃(平安時代中頃)から建設され11世紀末には
廃絶したといわれています。

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寺は山を背にしていて南向きなので風がさえぎられ、温かく感じます。
でも大知波峠の写真を撮っているうちに体が冷えて寒くなってきました。
ここから西に下れば石巻山の林道で簡単に下れます。
しかし、出会ったハイカーと話をしているうちに、やはり当初の予定通りもう少し
自然歩道を行くことにします。
ただ、ハイカーが言っていた「けっこう、担ぎがありそうですよ」の言葉を少し甘く見ていたようです・・・・

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本坂峠から大知波峠までの道より大知波峠の南側の道は、かなり険しかったのです。
画像では傾斜が判りにくいのですが、ここは自転車無し、の歩きでも怖いくらいの斜面です。

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稜線を南下、多米峠(標高266m)に付きました。
ここは直下にトンネルがありますが旧道はほとんど知られていません。
画像の右側が静岡県湖西市側、左側が愛知県豊橋側になります。
判りにくいのですが中央右奥から稜線を伝ってきました。

多米峠のトンネルは豊橋のサイクリストで越えた事がなければもぐりといわれる?ほどメジャーな峠です。
(峠自体はたいした所ではないが、ここを越えると浜名湖などサイクリング、トレーニングに最適なところ)

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予定では多米峠から更に稜線を南下するつもりでしたが楽しみは先に残しておくことにしました。
旧多米峠からトンネルのある県道に下ることにします。
峠から県道まで700mとのことですが、自転車にはきつい路面でもっと長く感じました。
そのなかで、ここは比較的、路面の良いところです(ここを下ってきた)。

まもなく県道に出て無事、今年、最後のサイクリングを終えました。