2008年1月14日 
豊橋鉄道 田口線 廃線跡を自転車で訪ねました。
そのレポート第2弾です。

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三河海老駅の先も線路跡を車で通る事が出来ます。
そして県道32号線に出る直前、線路跡はここから左になります。
この民家は廃線後に出来たのでしょうか?それとも・・・


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上記の分岐を過ぎると、こんなジャングル状態に。
実は、ここが滝上駅です。画像右側寄りを良く見ていただくとホームの
コンクリートが見えるかと思います。

1月で、この状態ですから夏ごろ訪れるとホームにたどり着くことすら
大変な状態でしょう。
訪ねるなら草が生える前、今の時期がよいですね。


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滝上駅を出ると直ぐに小さな海老トンネルです。
ここは、直ぐ東側を県道32号線が走っています。
このトンネルは近所の人が資材置き場に使っています。
このトンネルは通れます。


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海老トンネルを出て少し進み稲目トンネル手前から振り向いたところ。
中央石垣上のポールの右側に「お猿さん」が2匹こちらを見ているのが判りますか。
この2匹の他にもサルが何匹か林の中にいるのがわかりました。

この右側の石垣の上が線路跡でしょうか。
道路は県道32号線、非常に交通量が多いところです。


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海老トンネルを出ると線路跡と県道32号は重なります。
そして今日最大の難所?稲目トンネルです。
このトンネルは、もともと田口線のものです。
拡幅工事され現在は県道として使われています。このトンネルが出来て車の通行は
大変便利になりました。
ちなみに国道とは稲目トンネルを出た北側で合流します。
国道は今も道が狭く曲がりくねっており、稲目トンネルの方が安全で便利です。
ただ、長さは1511mもあり、暗く排気ガスが充満しており自転車にとっては、いやなところです。
(自転車にとっては難所?)

稲目トンネルを抜けると田峰駅跡で、そこから鉄道跡は道路の対岸に渡っていたそうです。
今回は、この区間はパスして先をいそぎます(次回調べます)。


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国道257号線、清嶺トンネルの南側に田口線の清崎トンネルがあります。
入口付近が崩壊(トンネルの一部自体も)していますし草だらけで、しばらく気がつきませんでした。
枯れ草越しに、よくみると不気味にトンネルが口をあけています。
トンネル内は湧き水?がたまり水没していました。

このトンネルは進入出来ませんので国道、清嶺トンネルを進みます。


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トンネルを抜けると清崎の町です。
画像の道路の左側に97年頃までプラットホームのコンクリートや
駅名表示が残っていたと思います。
(具体的な位置が、どこだったのか詳しくは覚えがありません)

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清崎の信号交差点を越えると直ぐに、このゲートがあります。
国道257号線は、もちろん右です。
このゲートの先が田口線跡です。
ここからは田口線あとを、終点の田口駅まで、ずっと車でたどる事が出来ます。
交通量は少ないのですが道が狭いので注意が必要です。

ここには2月?にアマゴが解禁されると「渓流釣マニア」が押しかけると思われます。
そうすると路肩に無理やり駐車する車も多いでしょう。
今回はすれ違った車は1台のみでした。
それ以外に工事車輌と思われる駐車車輌が数台ありました。


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ゲートをくぐると、いきなり弁天橋です。
画像の右端がゲート方向(長篠側)になります。


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橋を渡ると最後の民家です。この先には田口まで民家はありません。
そして田内トンネルです。
道路左側の表示板が光って読めませんが「トンネル内、段差あり」だったと思います。
実際、トンネル内の路面は悪く、照明もありませんからオートバイ、自転車は慎重に
行ったほうが良いと思います。コルサは念の為、自転車を降りて押していきました。


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田内トンネルを過ぎると築堤になっていました。


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そして入道島第一トンネル(南側)


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入道島第一トンネルを出ると高鉄橋(平野橋)があります。橋の脇から降りていけば、
その名の通り高い鉄橋の写真が取れるそうですが、すでに疲れて気力がありません(笑)
画像は高鉄橋を渡りきり入道島第一トンネル側(長篠方面側)を見たところ。


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高鉄橋を渡るとすぐに入道島第二トンネルです。
画像は南側。


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入道島第三トンネルです。
画像は南側。


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入道島第三トンネルを出ると川沿いの開けた所に出ます。

季節が良ければ気持ちもいいでしょうが、今日は、くもりで気温は約4~5度(寒い)、
疲れもたまってきて・・・
季節の良い時期、車窓から見れば最高だったでしょうね。


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今度は大久賀第一トンネル。画像は南側。


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大久賀第二トンネル。画像は南側。
内部、出口は線路状の鋼材で補強されていました。
トンネルがたくさんあり、かつて乗車した子供達は楽しんだのでしょうね。


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いよいよ、田口駅に到着です。
ネット上の画像で見ていたとはいえ、
倒壊しかかった駅舎の様子を目の当たりにすると、
さびしいものを感じます。

手前側の完全に倒壊している部分が柱の少ない改札口や待合室だったのでしょうか。

線路は駅舎建物の向こう側(画像の右手)、川沿いの、わずかな部分にあったと聞きますが、
見に行ってみると川まで狭く現状からは、ちょっと信じられない感じがします。
線路跡が川側に崩れてしまったのでしょうか。


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駅舎から南側(清崎駅、本長篠駅方向)を見ます。
広々としているのは森林鉄道と接続し木材の積み下ろしが行われていた為と聞きます。

画像の左側、山側には、ぐるっとコンクリートの壁上の構造物があります
(動物の線路内進入防止の為でしょうか?)。


さて、田口駅から田口の街の中心部まで行こうと思います。
よく廃線跡は、傾斜がなだらかで自転車には走りやすいといいます。
実際、その通り、ここまでは順調にきました。

ただ、ここ田口駅から田口の街の中心部までは最初に書いたように(その1)
鉄道を引けなかった約200mの高低差がある事を思い出しました。
しかたありません、昔の田口の人々の苦労を偲ぶため?山道を登っていきます。
田口駅から田口の中心部までは狭い道ですが4輪の通行も問題ありません。


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田口の駅から、線路跡の道を引き返さず田口の町まで、わざわざ登って来たのは訳があります。
田口線で使われていた車輌が田口の郷土資料館に保存展示されているからなのです。
ここまで来て電車を見ないでは帰れません(笑)

やっとの思いで、田口駅から田口の街まで登り、郷土資料館を探すと、
なんと更に山の、てっぺんに登ったところではありませんか(笑)。

まあ、何とか登って、田口線の車輌とご対面です。
現車は大正14年製造だそうです。ちなみに製作は日本車輌でした。


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車輌内部は開放されており、中には資料が展示されています。


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運転席にも入る事が出来ます。
昔の電車の運転席って、こんなに狭かったかな~。
コルサは田口線に乗った事は有りませんが豊橋鉄道渥美線は
ご幼少の頃?からずっと乗っています。
渥美線の車輌も古い物が多かったですね。


以上で、今回の豊橋鉄道田口線のレポートは終わりです。
夏になって草が、おいしげる前に、
もう一度、今回パスした部分を中心に訪ねたいと考えています。

なお、ほとんど当時の状態を残している清崎~田口間ですが近年、ダム建設工事が
進んでおり、ダムが完成すると清崎より北の鉄道跡は水没してしまうとの事です。
ご興味のある方は、そうなる前に訪ねてみる事を、お勧めいたします。