奈良県明日香村には多くの石造物があります。
いずれも飛鳥時代に作られたと言われていますが、用途や性格がわからないものが多く
考古学研究者やファンだけでなく多くの人々の関心を集めています。

今回、コルサは初めて憧れの地、明日香に行き、点在する石造物を自転車で見て回りました。

※画像のコメントは書籍からの引用、コルサの考え等もあり必ずしも現地の
 案内板の見解とは一致しないものも有ります。
 また、明らかな間違いなどございましたら遠慮なく、ご指摘ください。



イメージ 1

イメージ 2

「益田岩船」
東西11m、南北8m、高さ5mという巨石。
貝吹山の頂上近くの山中にあります。
それにしても「益田岩船」実際、見るとあまりに巨大で驚かされます。
不思議な石造物が点在する明日香でも最大の物だそうです。

昔の写真を見ると竹薮がまだ生えてはおらず、かつてはここから、あすか駅方面が
見渡せたようです。



イメージ 3

上部は溝状に成型され2ヶ所、四角形の穴が掘られています。
石室(墓)、占星台、物見台、「空海が灌漑用に作った池の記念碑?」など諸説ありますが
現在は古墳石室を整形中、打ち捨てられたとする説が有力なようです。



イメージ 4

イメージ 5

側面には整形途中のまま残されたままと思われるところもあります。
この石の目的は何だったのか議論されますが現地に行ってみると、
それ以前に、この石が、ここに存在すること自体が疑問です。
まわりの山中には岩は、ほとんど見られませんし、あまりに巨大ですから
運搬するとしても容易ではありません。



イメージ 6

「ミロク石」
高さ約2m
かつて飛鳥川から引上げられたと伝わっていて「木の葉井堰」の石材の
一部ではないかと言う説が有力なようです。
(境界を示すと言う説もありますが)

素朴な表情の目、口などは後年掘られたと言われています。



イメージ 7

地元では「ミロクさん」と呼ばれ、今でも「足腰の病」に効くと信仰を集めているようです。
(私も膝の痛みが直るよう、お参りしてきました。笑)



イメージ 8

「鬼の俎板」
昔、鬼が旅人を捕まえて、ここで料理して食べ、この後、出てくる「鬼の雪隠」で用を
足したとの伝説が伝わります。
「鬼の俎板」から少し斜面を下ったところに「鬼の雪隠」があり、かつては両者とも
用途不明の謎の石造物といわれていましたが現在では「鬼の俎板」が古墳石室の底石で
「鬼の雪隠」が石室だという説が有力のようです。



イメージ 9

「鬼の雪隠」
前述のように「鬼の俎板」と組み合わされて古墳の石室を構成していたと言われます。
しかし現地に行って見ると自然に崩れるような場所ではないし二つが、
なぜ分離しているのか個人的には謎が深まります。
一旦完成した古墳が人為的に壊されたのかそれとも運び上げる途中に放棄されてしまったのでしょうか。

天武、持統天皇陵の真西にある為、天武天皇の死後、持統天皇が天武天皇陵と同じ方向にあるのを
不快に思い破壊させたと言う説もあります。
確かに、これだけの石室を持つ古墳を破壊する労力を考えれば、かなりの権力者の
仕業と考えるのは妥当に思えますが・・・。


さて次回は・・・歴史ネタを続けるか、それとも自転車ネタをはさみましょうか(笑)