以前、「古典ピスト シルク その1」 として
(現在も不定期連載・・・今後のネタも準備中ですよ~)
古いシルクのピストを紹介させて、もらったところ浜松市の「 丸紅山口ベニー号さん」さんから
下記のようなコメントをいただきました。


「うちにも木リムのピストがあります。今は亡き父親が、昔友人から貰い受けたものらしく、
 少なくとも40年以上前からうちにあるようですが、素性はわかりません」(後略)


イメージ 1

これは、以前、ご紹介した古い、シルクの画像。

古典ピスト シルクの記事(その1)→ http://blogs.yahoo.co.jp/corsa2003sp/33634928.html



イメージ 2

丸紅山口ベニー号さん所有の古い自転車。
(画像は丸紅山口ベニー号さん撮影)

シルクと同じくスポークの数がフロント32H、リヤ40Hになっています。


自転車の画像を撮っていただいた際に、いろいろ確認してくださったとのことで・・・

「リアエンドが正爪ではなく、プレスのロードエンドでした。
しかも固定ギアだと思っていたリアのシングルスプロケットですが、単に固着してい
ただけだったらしく無理に回したらフリー回転しました。
リアハブの胴が妙に太いようですし、給油口の様なものも見えますので、恐らくコー
スターブレーキ内臓だと思われます」


正直、いただいたメールを読むと純粋な競技車の姿を留めていないようでしたので
少々、残念に思いました。
しかし、送って、いただいた画像を拝見すると、かなり古い自転車であることは
間違いなく画像からは只者ではない?雰囲気が感じられました。
そこで実際に拝見させていただくことにしました。


すぐにでも見に行きたいところでしたが(笑)「古典シルク ピスト」のオーナーである
田爺さん、そして、くさやんさんも見に行きたいとのことで日にちを調整、
11月17日に丸紅山口ベニー号さんの、お宅へ伺う事が出来ました。



イメージ 3

まさしく富士山をかたどった、このチェンホイールは「日米富士自転車」の物に
間違いないと思われます。

画像では、ほとんど判りませんがBBは特殊な物で現在の物とは
(通常の左右ワン+ロックリング式とは)、まったく違います。
BBシェル前側部分に2本のボルトが付いているタイプで古い実用車などで時々、
見かける方式と同じ物だと思います。
私も実際に、ばらした事がないので正直、構造が良く判っていないのですが
2本のボルトで(コッターピンのように)BBベアリングユニットを固定しているのだと思われます。



イメージ 4

革が傷み先端が断裂してしまっているサドルですがサイドには「FUJI」、
「THE NICHIBEI-SHO??」(日米商会でしょうか)等の文字、
そして中央左には「富」の文字、「まん中に富士山の絵」がはっきり確認できます。
残念ながら「士」の文字は読み取れませんでした。
しかし、読み取れた文字から「富士」「日米商会」の自転車であることは間違いなさそうです。
(このサドルが、もともとの部品であるのであれば)



イメージ 5

ヘッドマークも残っているようでしたが残念ながら高いところに吊るされている為に
確認できませんでした。

上下とも、(無骨な)ラグ付で仕上げられています。

フォーククラウンにはブレーキ取付穴はありませんでした。
(シートステイブリッジにも穴はなし)
(また、フレーム全体にロッド式ブレーキなどが取り付けられていた痕跡もなさそうです)


画像では余り見えませんがホイールについて。
(CWの画像にも一部、ホイールが写っています)
リムは前後とも間違いなく木リムでしたが、触ってみると以前、紹介したシルクの
木リムより、かなり幅が広く感じられました。

タイヤは、変質してボロボロの状態ですがチューブラーに間違いないようです(英式バルブ?)。
しかし、普通、チューブラーといって想像されるような薄っぺらな物ではなく
WOのツーリングタイヤを思わせるような厚みがある、かなり、ごっついものでした。
こんな、厚くて丈夫な?チューブラータイヤが、かつて作られていたのでしょうか?
(ソーヨーには#150といって450gぐらい有るチューブラが、かつて存在していました)



イメージ 6

そして問題のリヤエンド、リヤハブ回り。

先にも「丸紅山口ベニー号さん」にいただいたメールに有ったとおり、
エンドは、いわゆるピストエンドではなく「逆爪」でした。
となると「残念ながらピストではないのか?」と思ってしまいますが・・・。

ところが先日、伺った某自転車屋さんには40~50年代頃に競輪で使われたという
自転車があり、その自転車は「逆爪」だったのです。

また名古屋の「Kサイクル」さんで見せていただいた日本の自転車産業が1950年代に
海外輸出用のガイドブック?として製作した資料には、やはり、逆爪の、
どうみてもピストレーサーとしか思えない完成車の写真が載っていました。

話は少しそれますが・・・
逆爪のエンドであったかは確認できませんでしたが昭和12年8月に日本人4選手が
海外遠征した(ベルリン)の際には「宮田、山口、日米(冨士の事)」の3社が
自転車を製作したと言う資料もありました。
(屋内競技場に、おけるピストレース)

それからコースターブレーキと思われるリヤハブですが・・・日本の旧車には、
あまり使われているのを見かけないと思います。

しかし、詳細は不明ながら日米富士自転車の前身である会社は戦前、
冨士覇王号(実用車)という自転車を製造しており、
その中に「コースターブレーキ」を持つ物があったようです。
冨士覇王号、製造以前に輸入販売していたラッジ号には間違いなくコースターブレーキ車がありました。



さて、以上の情報を「コルサの希望的妄想?」でまとめると・・・

もともと、ピストレーサーとして作られレースに使われた自転車を(1950年代~1960年代?)
のちに一般路上で乗ろうとし、古い冨士覇王号(でなくても良いのですが、その方が)の
コースターハブを流用して、後輪を組替えた。
しかし、それも古くなりチューブラタイヤなども傷んで乗れなくなり、そのまま放置されていた。
その頃、ハンドル、ステムは他の自転車に流用されてしまった。
一本スタンドも、もちろん街乗りに改造された頃、付けられた物のはず。
乗られなくなって放置されていましたが幸い、スクラップに出されることはなく
「丸紅山口ベニー号さん」の、お父様が引き取られて保管、今に至る・・・


※今後も、この自転車については調べていくつもりです。
  この自転車(あるいは、この手の自転車)について、ご存知の方は、ご教授いただければ幸いです。
※また、あきらかな間違いなどお気付きの点がございましたら、遠慮なくご指摘ください。
 

現在は、まったく別会社といって良い「FUJI」ですが、その歴史が語られていますので参考までに。
(フジブランドを扱うアキコーポレーションさんのHP)
フジの歴史→ http://www.fujibikes.jp/history/index.html#top