7日は山辺の道を巡りましたが8日は少し南下して明日香村とその周辺地域の古墳を巡りました。

甘樫丘の駐車場に車を置いて朝7時前には自転車でスタートです。

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まずは、いつも横の道を通りながら訪ねた事がなった大古墳。
「丸山古墳」一般には「見瀬丸山古墳」と呼ばれています。
奈良県下では最大、全国でも6番目の大きさを誇る全長318mの前方後円墳です。
右の樹木が茂っている部分が後円部で宮内庁で陵墓参考地として管理されています。
先ほど出てきた梅山古墳を宮内庁は欽明天皇陵としていますが研究者の中には、
こちらを欽明天皇陵とする意見もあります。
この古墳は宮内庁管理の古墳としては珍しく内部の様子がわかっています。
平成3年頃、偶然開口した石室内に市民が入り写真撮影した事がきっかけとなって
簡単な調査が行われたからです。

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丸山古墳、後円部から見た前方部。
グランドのように広々と広がる前方部。
昔は巨大な円墳と思われていたのも頷けます。

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後で訪ねる「植山古墳」から見た丸山古墳。
左に見える樹木が後円部で右は、ほぼ画面全体の緑の部分が前方部なのですから巨大です。

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丸山古墳の北にある「植山古墳」
ここは長方形(約40m×約27m)の墳丘に2基の横穴式石室があります。
天井石のない横穴式石室が2基並んだ画像を見かけますが現在は工事中とされシートや
簡単な?屋根で覆われていました。
北側はすでに公園化されていますので全体に整備され公園になるのかもしれません。
画像は隣の神社から撮影しました。

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目当ての物が見られるかどうかは判りませんでしたが、どうしても行きたかった
「菖蒲池古墳」(しょうぶいけこふん) 方墳 詳細不明
この古墳の石室には2基の立派な家型石棺が納められているはずなのです。

ところが地形図上で場所が判ってもは入口がわかりません。
結果的には東の養護学校の方から入るのでした。
(西側の住宅地から入口を探していました)

さて、やっと入口を見つけました・・・・左のシートで囲まれた所が石室でしょうか?
果たして内部は見えるのでしょうか?

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おお、内部がわずかですが見えました。
上部に見えるのが2基あるうちの手前の石棺の蓋部分です。
(手前と奥では蓋の上部の形状が違う)
石棺自体は、かなりの高さがあるはずですが周囲が埋められているのでしょうか?

やや上部から狭い開口部で見下ろすことになるので隙間に手を突っ込んでカメラを
低い位置にして撮影しても、これが限界でした。
奥に、もう一つの石棺があるはずですが、そちらは残念ながら見る事は出来ませんでした。
でも片方とは言え石棺が確認出来たので苦労して入口を探した甲斐がありました。

さて、菖蒲池古墳のある住宅地から南下します。
有名な観光スポット「鬼の俎、鬼の雪隠」には目もくれず(笑)
(以前、じっくり訪ねたので)
ちなみに、この二つは破壊された古墳の石室で俎の上に雪隠が載って石室を構成していたのです。
(鬼の俎、鬼の雪隠古墳とも呼ばれます)

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「鬼の俎、鬼の雪隠」の、すぐ西側にある「カナヅカ古墳」(平田岩屋古墳) 方墳 約35m
現状は畑の中の盛土といった風情で案内板もなくパンフレットなどにも
載っていませんから訪ねる人はまずいません。
西側には欽明天皇説もある梅山古墳があり現在、カナヅカ古墳は欽明天皇陵の陪塚(ばいちょう)
として宮内庁により管理されています。

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「カナヅカ古墳」の話に出てきた「梅山古墳」 前方後円墳 約138m
宮内庁は欽明天皇陵としています。
大きすぎて全体が写りません。手前が後円部です。

さて、今度は近鉄 橿原線を西に越えた地域の古墳を探しに行きます。

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あすか駅の、すぐ北の住宅地の中にある「岩屋山古墳」 三段築成の方墳 一辺約54m
この古墳の石室の石組みが見事であることは写真で見て知っていました。
しかし実際に見て改めて驚きました。

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羨道、石室とも見事な仕上げ、石組みです。
特に長い羨道が精緻に作られているのには、びっくりです。
たとえは悪いかもしれませんが下の画像の羨道などは、まるでコンクリート通路のように
綺麗に作られています。

さて飛鳥駅の西側には、それほど規模は大きくないものの興味深い多くの古墳があります。

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真弓鑵子古墳(まゆみかんすづかこふん) 二段築成の円墳 約40m
近くまで行って見ると・・・残念ながら崩落の危険性(私有地でもある)があるとのことで
見学禁止になっていました。

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以前、撮影された真弓鑵子古墳の石室内部。
この古墳が大変珍しいのは玄室両側に開口している事です。
石室が広く天井が高いと聞きましたが撮影の時点で床面が土嚢のような物でかなり
埋められていたようです。

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さて真弓鑵子古墳の、すぐ近くには昨年、見学会に駆けつけた牽午子塚古墳(けんごしづかこふん)が
あります。


昨年、12月の見学会(大発見があった)に来たばかりなので今回は、どうしようかと迷いましたが、
高低差もそれほどなく(笑)、本当にすぐ近くなので行って見ることにしました。

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牽午子塚古墳の横口式石槨(よこぐちしきせっかく)入口部分。
見学会の時には、ゆっくり見る事が出来なかった、この部分ですが行って良かったと気が付きました。

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牽午子塚古墳の横口式石槨の内部は二棺埋葬用(並列)に初めから作られ棺を安置する
棺台がある事は写真で知っていました。
そして、それは石槨入口部分から、ある程度奥行きがあるものと思い込んでいました。
しかし、実際に見てみると格子のすぐ奥が石室で、あまりに近く画像が、この程度しか
撮れないほどでした。
これは驚きでした。

※続く。
※古墳の大きさ、形は参考にした資料の後の調査などによって改められている場合があります。
※私の間違いなどありましたら、遠慮なくご指摘くだされば幸いです。