アライの特集も今回で、いったん終わり?とします。
「え~、もっと見たかった」という皆さんの声が聞こえてくるようです?(笑)

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今回は「アライのRDとSL」です。
アライのRDは最近発行された中堀 剛氏著の「私が愛した自転車パーツ」にも
紹介されているのでご存知の方も多い?でしょう。

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「私が愛した自転車パーツ」をお持ちの方はP.26を、ご覧になりながら
上の画像と比較してみてください。
基本的構造は同じですが細部には、いくつかの違いがあります。

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「私が愛した自転車パーツ」に紹介されていたのはRDだけでしたがSLもあります。
形は、この時代の標準的なデザインでレバー部分の材質はアルミ製です。
注目していただきたいのは(小さくて見にくいとは思いますが)レバー先端部分に
「Arai」の文字だけでなく「椅子の絵」が入っていることです。

これらの製品は日本自転車工業会が作成した輸出用資料?(英文)「Japan’s Bicycle Guide」の
1966年版あたりに画像がありますので、その頃の製品だという事がわかります。

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「Japan’s Bicycle Guide」を見せていただいて(残念ながら持っていない)驚いたのは
同じアライの製品で、いわゆる「タケノコ変速機」の画像も載っていることです。
このアライ タケノコRD我々(田爺さん、くさやんさん、私)の幻の一品だったのですが・・・
つい最近、某氏から画像が送られてきて実在する事が判りました。


さて、アライRDについては、あの中堀氏ですら「私が愛した自転車パーツ」の中で
「1960年代幻の変速機のひとつ」と書かれています。
これはなぜなのでしょう?
アライのブレーキは現在でもシェアはかなりの物らしく、また古い物も時々見かける事が有ります。
そのほか、今まで、ご紹介してきた「ハブ」、「ペダル」、「ステム」なども少ないとは言え
注意していれば時々?見かけるものです。
それなのにRD、SLは、まったくというほど見かけず知られていないのはなぜなのでしょうか?

ここからは私の推測(妄想と言った方が良いかも)ですが、それは正規には、
ほとんど販売されずに(少なくとも日本国内では)終わったのではないからと思うのです。
外装変速機というのは、サイクリストにとって最も興味を持つ部品といっても良いのではないかと
思います(60年代なら今とは段違いに)。
それなのに知られていないというのは実際には、ほとんど流通しなかったからだと思うのです。
それでも、いくつかの現物が見つかっています。これはなぜでしょう?
それは多分、「開発し量産試作レベルまでは行っていた」のではないかと思います。
(量産試作品かサンプルが後年、少数、一般に出回ってしまった???)
ところが、そこまで進んでいながら、なぜか販売は中止になってしまった???
(繰り返しますが、あくまで私の妄想です)

その理由は・・・国内の強力なライバルのせいではないでしょうか?
聞くところでは当時、シマノはまだ内装変速機に力を入れていたそうですがサンツアーは
外装変速機で多くの製品を、すでに販売していたそうです。
60年台という時代背景を考えるとサンツアーのスキッターあたりは廉価版外装変速機として
強力なライバルだったと思われます。
実際、1980年代後半くらいまでは駐輪場でスキッターを付けた古い自転車を、まだ良く見かけました。
これはスキッターが自転車メーカーに多く採用され使用されたことの証明でしょう。
「サンツアーの傑作、スキッターがアライの変速機の販売(その後の開発)を踏みとどまらせた・・・」
これが「私の妄想」の結論です。

※(今回のサンプルは田爺さんのコレクションです。)