※前回からの続き

光明山(標高539.7m)に登りました。
(撮影地点は頂上ではありませんが)
そこからは、こんな景色が見えます。

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↑まずは全景

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↑少しアップすると浜松市市街地が。

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↑更にアップすると浜松の中心に立つアクトタワーが太平洋を背景に見えてきます。
現在いる光明山と浜松市外は直線距離で30キロ程度離れています。

さて、ここ光明山に来た目的をそろそろ、お見せしましょう。

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今回の使用車はリッチー スイスクロス。
でも、それは本題ではなく、その後。
夏草に埋もれてしまっていますが石垣が少し見えます・・・
この石垣は何かというと・・・

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この光明山、山頂近くには寺院が、また、その周辺には数百年を経た立派な森林が
広がっていたのだそうです。
717年、高僧行基が開創した明鏡山光明寺が発展し最盛期には(色あせ見にくいのですが)
画像のように多くの建物が立ち並び賑わったようです。
(門前には茶屋も三件ほど描かれています)

山奥にもかかわらず、賑わった寺院だったのですが昭和6年に発生した火災により寺院、
周辺の森林とも灰となってしまったのだそうです。
千年以上続いてきたのに、つい最近?(千年の歴史に比べれば約80年前ですから)
焼失してしまったとは何とも、惜しまれますね。
今残っていれば、この景色と歴史ある寺院と言うことで人気スポットとなったでしょう。
京の御所の火災を消したと言う、秋葉権現の大天狗も、すぐ南にある光明寺の火災を消
してはくれなかったのが残念です。
(前編、参照)

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裾野の村から登ってくると、まずは、この石垣(寺院東側)が目に入ってきたと思われます。

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夏草に埋もれた階段と両側に石灯籠。
撮影している背後の崖のせり出すように茶店が並び、この階段を登ったところに
仁王門があったと思われます。

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燈籠も無残な姿に。
残念ながら年代は確認出来ず。

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仁王門をくぐり、この石段を登ると正面に本堂、右手に鐘楼があったはずです。
(更に右手奥には神前)

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石段を上から見たところ。
現在立っている場所が本堂の前で、この石段の下に仁王門。

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敷地北東側から南西側を見る。
ここに本堂が建っていたようです。

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敷地のあちらこちらには往時を偲ばせる構築物の跡が。

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ずっと山道を登ってきてお参りを済ませた人々の目に写ったであろう遠州の景色は・・・

以前は遺跡保存会の方たちで綺麗にされていたはずの、この光明山遺跡ですが
最近は、あまり訪れる人もないようです。
(熱心なリーダーがいなくなってしまったのか)
この景色と遺跡、そして自然があるのですから適度に活用できると
素晴らしいと思うのですが・・・