25日は午後から岡崎市で用事があります。
と言うことは朝から出かけていけば3時間前後は時間がありそうです。
それならばと自転車を積んで出かけることにしました。

車を置いたのは岡崎市と豊田市南部の境に近い豊田市の柳川瀬公園。
豊田市といえば「くさやん商会」さんですが残念ながら今日は予定があるとのこと、残念です(笑)


それでは豊田市の柳川瀬公園から北東に向けて出発。
矢作川を渡り足助街道(県道39号線)を矢作川沿い(すぐに支流の巴川になる)に
登って行きます。

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国道301号線に合流する前に巴川を渡り右岸の道に。
その後、301号線を横切り県道487号線に入ります。
画像は県道487号線、幸海町。
幸海町に今回の第一目的地があります。

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足助街道からは、外れましたが、この道も古道のようで馬頭観音などを良く見かけました。

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「おおっ、ここかぁ~」
憧れの地にテンションが上がります!
ここは豊田市幸海町幸海東(旧、酒呑)字ジュリンナと言う住所です。
旧地名は「酒呑」と書いて「しゃちのみ」、字名はジュリンナという何とも不思議な地名です。
ここにあるのが酒呑ジュリンナ遺跡なのです。
不思議な名前は、ともかく、なぜテンションが上がるのかと言うと・・・
今から約一万二千年前まで続いた旧石器時代から縄文時代草創期への推移の様子を
示す遺跡だからなのです。
言い方を変えれば県内最古の縄文草創期の遺跡、数少ない草創期の遺跡で、
ある程度まとまった資料(遺物)が見つかっている貴重な遺跡なのです。

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酒呑ジュリンナ遺跡遠景(南西側から)
中央の住宅がある辺りに先ほどの遺跡を示す石碑などがあります。
この辺りのごく普通の風景と言えますが・・・
山は鹿、猪、どんぐりなどの食料を与えてくれ、また冬の風を遮る。
田んぼがあることでも判るように水にも不自由しない。
現在の岡崎、足助、そして信州を結ぶ古道の一つ?でもある(古代の道でもあった可能性あり)
なぜ、古代人が、ここで生活したか、わかるような気がします。
酒呑ジュリンナ遺跡の地形を確認したところで登って来た道を下ります。

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国道301号線にぶつかった所で西に曲がり豊田松平インターを過ぎた所で北側の山に入ります。
標識によれば、右手の山裾をたどって行くと目的の遺跡があるそうですが・・・
(奥の山肌、中腹に遺跡があった)

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道が怪しくなってきました。
そう、目的地は「大窪遺跡」と言います。

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自転車を置いて歩いて登っていくと、突然、家ほどもある?巨石が。
巨石は帰りに探索するとして遺跡を目指して登って行きます。

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やっと、案内板がありました。
案内板の右手の草むらに自然に出来た岩陰(穴)があります。
縄文時代早期の生活の痕跡があったということ、
そして遠賀川式土器が見つかったこと、
が注目されます。
遠賀川式土器は九州福岡県遠賀郡の遠賀川から見つかった土器の形式
(最も古い弥生式土器の総称。三河地区では珍しいらしい。豊橋市白石遺跡でも出土例あり)
で九州から伊勢湾周辺まで稲作と共に広まったとされています。

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入口・・・落とし穴のように少し下り、その奥に横穴があります。

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多くの巨石が、うまく重なって自然の空間が出来たようです。
縄文時代から古代人が雨露をしのいで生活していたのでしょう。

余談ながら、近年にも現代人が住んでいたようで(笑)
穴の隅にはビニールや発泡スチロール、マットがしかれ箱入りの蚊取り線香、
パックのオレンジジュースが置かれていました・・・住人と鉢合わせしなくて良かった(笑)
(すくなくとも、つい最近は住んでいない様子でしたけど)

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さて、遺跡を探索して帰り道。
先ほど通ってきた巨石群・・を探索してみます。
巨石群の中でも一番上の大きな石の下は・・・浮石のようです。

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先の写真の反対側は、このようになっていました。
この岩陰で雨露をしのいだ古代人がいたかもしれません。

なお、この巨石周辺を散策する時は足元に十分、注意してください。
草むらだと思ったら石と石の間に隙間があったりして、けっこう危険です。
草が枯れ虫もいなくなる時期まで待ったほうが良いかもしれません。


縄文草創期と縄文時代早期~と言う、古い時代の史跡を見た後は
少し新しい時代?の史跡を訪ねることにします。

※つづく