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江戸時代からの名物、とろろ汁を食べられる丸子(まりこ)の丁字屋さん。
東海道五十三次に描かれた、とろろ汁屋とほとんど変わらない建物の雰囲気。
コルサの楽観的計画では13時頃、到着、ここで食事の案も考えていたのですが・・・
すでに14時過ぎ(笑)
まあ、花沢の里で軽い食事を取って休憩したので、と言い訳しようと思いましたが、
高草山登坂をあきらめたことを考えれば、当初の案は、かなり楽観的だったと
言われても仕方がありません(笑)
それだけ、日本坂峠は険しかった?

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丸子から東海道(国道1号線)を西に向かい道の駅、宇津ノ谷峠まで来ました。
宇津ノ谷峠には画像のように大きく5つのルートがあります。
画像では良くわからないと思いますので簡単に書き出しておきます。

東海道の難所 宇津の谷峠 国史跡指定

・蔦の細道(平安の道)
・峠越えの古い東海道
・明治のトンネル
・昭和のトンネル
・平成のトンネル

この宇津の谷峠以前の古道が先に越えてきた日本坂(峠)になるのだと思います。

今回は、ここで一番古い、平安時代の宇津ノ谷峠越え、蔦の細道(つたのほそみち)を越えます。
(15年ぐらい前に5つのルートすべてを通りました。蔦の細道は反対側から越えました)

ちなみに、この蔦の細道、日本三細道のひとつだそうで、もうひとつは奥の細道だそうですが、
最後の、ひとつが判りません。
ネットで検索しても探し方が悪いのか良くわからないのですが・・・・
どなたか、ご存知の方はご教授ください。

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蔦の細道の入り口、最初から階段ですねぇ~。

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蔦の細道、東側は、ほとんど押し担ぎの道でした。

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500mぐらいで蔦の細道の宇津ノ谷峠(210m)。

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岡部側(西側)から見た蔦の細道、宇津ノ谷峠。

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蔦の細道、宇津ノ谷峠からは富士山が見えました。
すぐ下に国道1号線が通っているとは思えない険しい山々ですねぇ。

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蔦の細道、宇津ノ谷峠から岡部側を見たところ。
こちらも険しい山が連なります。

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蔦の細道、宇津ノ谷峠から岡部側への道。

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蔦の細道、岡部側の道は石がごろごろし、まるで沢のよう。
平均勾配は、なんと24度とのこと。
その為か江戸時代(の東海道)には、もう少し北に道が開かれることになったのでしょう。

ここまで来れば後は岡部宿を通って車に戻るだけ。
今日の走行は30キロほど。
ただ、担ぎ押しの区間が結構ありましたから、かなり疲れました。
でも念願の古道の峠を2ヶ所(+鞍掛峠)、越えることが出来たのですから大満足です。
(蔦の細道も2度目とはいえ十数年ぶりに越えたのですから新鮮に感じました)
※終わり