18日は大阪のフリマに顔を出したので、その帰り高槻市、茨木市周辺の
古墳、遺跡を巡ることにしました。

まずは近年、「いましろ 大王の杜」として整備が行われた
今城塚古墳(いましろづかこふん)

宮内庁では継体天皇陵を茨木市の太田茶臼山古墳としていますが考古学的には、
ここ今城塚古墳が真の継体天皇陵として支持を集めています。
その為、「宮内庁の比定の誤りが原因で発掘調査が可能な非常に貴重な古墳」
とされています。
(天皇陵、陵墓参考地は宮内庁が管理し立ち入り禁止なので調査、発掘が出来ない)


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今城塚古墳には今城塚古代歴史館という展示施設もあります。
(駐車場も完備)
歴史館は入場無料ですが、充実した展示で楽しめます。

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前方部から後円部(右手)を見たところ。大王墓にふさわしく巨大な古墳です。
今城塚古墳は古墳時代後期、6世紀前半の築造と考えられ墳丘長約190mの
前方後円墳です。
先にも書いた通り築造時期、規模、出土品などから、
ここが真の継体天皇陵と言う説が有力です。

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市民の憩いの場として親しまれている今城塚古墳。
周辺だけでなく墳丘、墳頂までも自由に散策できるようになっています。
(自転車の乗り入れは禁止)

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ここからは祭祀の場も見つかっています。
レプリカとはいえ200点余りの復元埴輪で祭祀の様子を再現しています。

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こちらは今城塚古墳の西方にある宮内庁が比定する継体天皇陵、太田茶臼山古墳。
古墳時代中期、5世紀前半~中頃築造、全長226mの前方後円墳です。
考古学的年代と継体天皇の没年時期とは100年前後の開きがあるとされています。
(継体天皇陵とは言えない)
とはいえ200mを優に超える巨大古墳です。
大王(天皇)クラスの豪族の墓なのは間違いありません。

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次に訪れた、怪しげな建物は・・・

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中に入ると窯跡がそのまま保管、展示されていました。
この遺跡は先に見てきた今城塚古墳や太田茶臼山、そのほか周辺の
古墳の埴輪を焼いたとされる「新池埴輪製作遺跡」でした。
(ここも入場無料でした)

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西暦450年ころから約100年間にわたって埴輪を焼いていたとされる
新池埴輪製作遺跡。

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みつかったのは窯跡だけではなく建物跡も見つかりました。
ここは復元された埴輪製作工房。
(職人たちが住んだであろう住居跡も見つかっています)
西暦550年頃、大型古墳が造られなくなるとハニワ造りも終わり、
この遺跡は土に埋もれ近年、住宅地に造成されるまでは雑木林になっていたようです。