※前回よりの続き。
※しばらくは前回と同じ文章をアップしています。


先日、新城市の船着山から下山する際、通った松山峠を今回(2月14日)は
自転車で越えてきました。


松山峠は松山越とも呼ばれており調べると長篠の戦では重要な場所の
一つであることがわかりました。
ごくごく簡単に書きますと・・・
長篠の戦(1575)の際、武田軍、鳶ヶ巣山砦に織田、徳川連合軍の武将、酒井忠次が
奇襲をかけた際、進軍したのが、この峠だったのだそうです。
ちなみに、この奇襲成功は武田軍を大いに動揺させ主戦場(設楽が原)に展開していた
武田軍が決死の突撃を繰り返さざるを得ない状況に追い込んだとする説もあります。


以前行った鳶ヶ巣山砦の記事。
http://blogs.yahoo.co.jp/corsa2003sp/28749064.html


まずは豊川左岸の県道69号線を走り市川という集落に向かって南に折れます。
この市川という集落は山の中で、なんでこんなところに集落があるのかと
思うような場所です。
しかし地図を見てみると長篠地区から松山峠を越えれば吉川を通り宇利地区に
抜ける最短距離のように見受けられます。宇利地区に出れば豊橋にも
浜松方面にも行くことができます。
もしかしたら、このルートの為に、ひらけた集落なのかもしれません。



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新城市市川集落から林道船着山線に入りました。
以前、舩着山から松山峠を経て、この林道に下っています。
ただし、以前は別ルートで歩いて下ったので、こちらは初めてです。

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見覚えのあるところまで登りました。
前回、松山峠から下った際、比較的道ははっきりしていたものの最後の最後、
林道へ降りる直前で道を見失い、ここの崖を転げ落ちるように?降りたのでした。

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先ほどの崖から、すぐ上に松山峠の登り口があることは前回確認しています。
ここから入ればよいのですね・・・
と言っても不安にさせる感じですが・・・

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不安は、ほんのわずか数mで的中。
沢沿いに道があったようですが地盤が悪いようで倒木が、これでもかと倒れています。

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何とか山の斜面を迂回して突破しようとするも動けなくなりました。
仕方なく林道に戻って前回、転げ落ちた崖から登ってみることに。

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ここを登るのか・・・
見た目以上に??急斜面のうえに上の方は、さらに・・・
場合によったら前輪、後輪、フレームとばらして登るしかない?(笑)

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何とか登り切ることができました。
上から見ると林道までが近く急斜面なことが伝わるでしょうか?
ここから峠までの道は前回歩いているので気が楽です。

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画像の奥が登れなかった登山道方面。
これは、あきらめて正解でした。
画像左の方が従来の道のようです。
そちらの道が駄目になった為?画像の右の方に道が出来たのかもしれません。
しかしその道も地形的に林道に降りにくく自分が登った崖辺りを行くしかないようです。

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ここからの道ははっきりしているので???後は自転車を押して登っていくだけ(笑)

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峠手前で鳶ヶ巣山の分岐がありました。
記事のトップに書いた酒井忠次軍の奇襲ルートは峠の向こう、吉川地区から登り松山峠
を越えて、ここから鳶ヶ巣山に向かったのでしょうか。

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林道でけっこう標高を稼いでいたようで意外に早く林道から30分ほどで松山峠へ。

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松山峠

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松山峠を南側から見たところ。
背中側は吉川地区、奥は新城方面。
右手に行けば常寒山、左は舟着山へ。

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峠から見た吉川方面の様子。
いい雰囲気の道が続いています。
予定通り吉川方面に下ることにしましょう。

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雰囲気は良い道なのですが・・・
急傾斜などで意外に乗って下るのは、しんどい。

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結局、ほとんど押して下り登山道入り口まで下りました。

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ここからは林道で吉川の集落へ。

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左が舟着山で松山峠方面かな?・・・多分(笑)
吉川峠から下ってくる道に出て、後は下り基調かと思いきや
強烈な向かい風の中、駐車した場所まで戻る羽目になりました。

※松山峠終わり