3月15日は吉田城址(よしだじょうし)の発掘説明会に行ってきました。

豊橋周辺の方なら、ご存じでしょうが・・・
少し説明しますと豊橋市の市役所東側に広がる豊橋公園が、ほとんど吉田城址の
跡地になるのだそうです。
豊橋公園内には現在、公園のほかに豊橋市美術博物館、豊橋球場、陸上競技場なども
作られた広い場所ですが、かつての吉田城は更に広かったようです。

1505年に現在の豊川市の豪族、牧野古白(まきのこはく)によって築かれ
当初は今橋城と称していたのだそうですが後に吉田城と改称されたのだそうです。


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今回の発掘調査は美術博物館の増築工事にともなうものだそうです。
右手に見える建物が現在の豊橋市美術博物館。
今回発掘されたのは吉田城の三の丸あたりだそうですが
江戸時代の遺構は少なく大半は戦国時代の遺構だそうです。

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ボコボコ穴が開いていますが・・・
これは大半が戦国時代の屋敷跡の柱穴だそうです。
(複数の建物が何度か建て替えられたので、たくさんの柱穴が残る)
地面に直接柱を埋めて建てた屋敷と聞くと、ずいぶん貧相に思えますが
日本の当時の標準的な建築方法なのだそうです。
(伊勢神宮なども同じ。掘っ立て柱式)

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これは戦国時代の土師器の鍋。
これ以外にも戦国時代の土師器の皿、平安時代の灰釉陶器、戦国時代の
土壙墓なども発見されたそうです。

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発掘説明会の後、吉田城址の案内、説明もありました。
個人的にあとで回ろうと思っていたところを学芸員の方の説明付きで
案内していただけるのですから、ありがたい。

画像は三の丸、二の丸を経て、いよいよ本丸へ突入するところ(笑)
やはり、お城見学は攻め入る足軽の目線で(笑)
ここには立派な石垣があります。

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本丸から復元された鉄櫓を見たところ。
そういえば・・・周辺にはたびたび来ているものの(市役所もあるし)ここまで
来たのは数十年ぶりかも(笑)
公園内には戦争遺跡もあるので、後日、もう一度、探索に来ることにしましょう。

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本丸内から南側を見たところ。
樹木の陰に見えるのは豊橋市役所。

自分が所属していたボーイスカウトでは毎年、冬休みに入る日(12月24日だったか)の夜、
夜間訓練(だったと思う)を行っていました。
石垣をロープで降りたり石垣の間に張ったロープを渡ったり今考えると
ずいぶんワイルドな訓練をしていたものだと思います。

訓練の後は父兄の作ったトン汁をいただくのが、お楽しみになっていました。
さらに信じられないのは全員ではなかったと思うのですが何人かは、
この場所にテントを張って野営し翌日、片付けを行っていたような・・・
私も真冬にテント泊し、あまりに寒く学生服まで着て(二学期の終業式の帰りだったのだろう)
寝袋で震えて寝た記憶があります。
よくもまあ、こんな場所で、また真冬にテント泊までしたものだと思います。

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今回はBSモールトンに乗って行きました。
最近はアレックスモールトンAM-7ばかり乗っていましたが、BSモールトンも、
やっぱり楽しい。
二台のモールトン、17インチホイールつながりという共通項を持ちますが、
見た目も乗り味も、それぞれに個性があり甲乙つけがたい(笑)