コルサ探検隊は「愛知の低山登山のアプローチに自転車を使って出来るだけ
というコンセプト?です。
しかし、今回は登山ではなく豊橋市南部、太平洋の海岸線です。
これは5日の朝まで雨が降っていた為。
いったんは雨で中止したものの9時くらいには雨は上がり路面も
乾いてきました。
そこで、急きょ仲間に招集をかけ午後から豊橋南部の海岸線に探索に
出かけました。

集合は豊橋西赤沢町の万場調整池
今回はK隊員とO隊員に私の三人です。

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何度もこのブログで書いている自転車道を東に進みます。
自転車道といってもこんな凄い?所も。

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海岸線までは原生林?といっても良いでしょう。
木々が茂っています。

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海岸の崖の上にはパラグライダーなどのフライトポイントもあります。


自転車道は西七根町で途切れてしまうのでいったん、国道42号線に出て
その後、小松原町から海岸線に降ります。


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小松原町の砂浜から見た老人ホーム。
海岸線に極めて近いところに立っています。
300年ほど前まで、このあたりには集落があったのだそうですが1707年の
地震による津波で、ほぼ壊滅したと言われています。

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そして老人ホームの北側の駐車場。
駐車場の奥に写る森には733年、開山したという東観音寺という
お寺があったのだそうですが、ここまで津波が押し寄せたと
言われています。
倒壊を免れた多宝塔は後に別の場所に移築されたのだそうです。
(現在の東観音寺は、この後、探索に行きます)

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駐車場に北の森に分け行ってみると瓦、祠が残っていました。
このあたりに当時の東観音寺の本堂があったようです。

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祠の中の石碑。
行基菩薩の石碑と言われているようですが・・・
文字はほとんど読み取れません。


現在の東観音寺に行く前に二人の隊員が行ったことがないという
戦争遺跡を案内することにします。

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何度も来ているので簡単にわかると思っていましたが少し
迷ってしまいました。

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小島のトーチカ。
以前来た時より周辺に溶け込んでしまっています。

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上部の遺構もこんな感じで、見つけにくくなっています。

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カメラを突っ込んで撮影した内部の様子。

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今度は先ほどの東観音寺の今の様子を見に行きます。
津波などの影響で移転した現在の東観音寺です。
これは山門。

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重要文化財に指定されている多宝塔。
1500年代前半に建てられたらしい。
(一説には1528年)

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733年、行基によって開山された東観音寺は戸田宗光、今川義元、
徳川家康らの庇護を受け栄えたと言われ多くの重要文化財などを
所蔵しているそうです。

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最後はスタート地点近くの伊古部町西海岸の「ささゆりの里」へ
立ち寄ってみました。
昔から自然に山に咲いていたささゆりを保存会の人たちが
守っているとのこと。
17時過ぎで少しくらい林の中では綺麗に撮影できませんでしたが・・・

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ささゆりの里散策路の南側は太平洋が見える場所でした。

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この海を望む高台には震災、鎮めの石碑がありました。
今回、前半に立ち寄った東観音寺の津波被害は1707年でしたが、
この石碑は伊古部村の津波被害1854年に建てられたものでした。
もちろん2カ所の村は数キロしか離れていない為、当然、両村とも
両方の津波の影響をうけたはず。

今回のサイクリングは雨が上がった為、急きょ地元を走ったもの。
距離も33キロほどと短かったものの意外に
内容の濃いものになったのでは?(自画自賛)