4月22日は弟子(歴史友達)を奈良県の古墳デビューさせる為、
奈良県桜井市と天理市周辺を巡りました。


イメージ 1

弟子の奈良県古墳デビューの為に選んだのはホケノ山古墳。
なぜなら駐車場があったから・・・という理由も少しありますが(笑)
やはりここは地味ながら重要な古墳だからです。
ホケノ山古墳は全長80mあまり、長突円墳(前方後円墳)あるいは
資料によっては纏向型前方後円墳または帆立貝型古墳と書かれている
資料もあります。
(基本的は、ほぼ同じではありますが)
埋葬施設も変わっており(詳しくは書きませんが)積石型木槨をもち、
鏡、銅鏃、鉄鏃、刀剣など豊富な副葬品も出ています。
年代は古く三世紀半ばとされています。
弟子が立つホケノ山古墳墳頂から奥に見えるのは箸墓古墳です。
(二つの古墳の間にある堂ノ後古墳も、わずかに見えています)
箸墓古墳といえば卑弥呼が葬られているのでは?とする意見が多く
ありますが、
このホケノ山古墳に卑弥呼が葬られているのでは?という説も
あるようです。
(この件は次の箸墓古墳でも書いています)

イメージ 2

ホケノ山古墳全景。
右が後円部、左手前に前方部が延びています。

イメージ 3

次に向かったのは箸墓古墳(箸中山古墳)
全長280mの前方後円墳です。
築造年代は3世紀半ばとする説が有力なようですが3世紀末とする
意見もあるようです。
一般的には卑弥呼の墓ではないかとする説が多いようですが3世紀末と
すると年代が合わず卑弥呼の後継、トヨの墓とする説もあります。

イメージ 4

箸墓古墳の南側。
後円部側から前方部側を見ています。
好奇心旺盛な弟子は
「これ入ろうと思えば入れますよね・・・」
もちろん私も入ってみたいのはやまやまですが
「天皇家に対しての不敬罪」、「宮内庁を敵にまわしたくない?」(笑)
ので我慢しました。

イメージ 5

溜池の水が抜かれていると古墳の裾部に葺石と思われる石が
見えることがありますが今回は満水、残念ながら観察できませんでした。

イメージ 6

今回は二人、自転車で散策です。
最終的に19キロほど走っていましたから同じプランを歩きでは、
とても無理、自転車の機動力が正解でした。
(車は駐車場や狭い道に苦労しますしね)

イメージ 7

今度は纏向古墳群の中の纏向石塚古墳。
手前側(右手)が前方部、左手が後円部、全長96mの
纏向型前方後円墳です。
全体に低いので古墳らしく見えませんが、これは太平洋戦争時、
高射砲陣地として開削された為だそうです。

イメージ 8

纏向石塚古墳、日本最古の古墳ではないか?とする意見もあります。
日本最古はともかく3世紀初頭の築造とする意見は多いようです。
周辺には纏向古墳群の古墳が見えていますが今回は石塚古墳だけで
あきらめました。
(私は以前、ほとんど回っていることもあり)

イメージ 9

渋谷向山古墳(景行天皇陵)を西側(前方部)から見たところ。

イメージ 10

渋谷向山古墳は4世紀後半の巨大前方後円墳で全長約300mの
規模を誇ります。
あまりの大きさに、かえって弟子は困惑の?ポーズか??

イメージ 11

渋谷向山古墳の前方部、すぐ北側にある上ノ山古墳。
渋谷向山古墳の陪塚(ばいちょう)と考えられています。
(陪塚は上ノ山古墳を含む3基の古墳が指定されています)
周辺には大きな古墳がたくさんあるので
小さく見えてしまいますが全長約125mの前方後円墳でした。
(手前が前方部、奥が後円部)

※つづく
※間違いなどお気づきの点が御座いましたらご遠慮なくご指摘ください。