※今ごろ書いていますが連休中のご報告です。アップが逆になっていますが入院前のネタです。
熱田神宮をお参りした後、すぐ近くにある断夫山古墳と白鳥古墳を見に行きました。
 
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↑熱田神宮の西側を南北に走る国道19号線を北に行くと左側に熱田神宮公園があります。
ここに見える小山のようなところが断夫山古墳です。
全長は151mもあり愛知県最大(東海地方最大)の古墳です。
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↑北側から後円部を見たところ。鬱蒼とした森のように見える前方後円墳。
画像に写るのは後円部で直径は約80mありますが反対側の前方部の最大幅は更に広く116mもあるそうです。
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↑断夫山古墳、東側の駐車場側から見た墳丘。周りにめぐらされた周濠のようなものは戦後整備されたもので本来の周濠の様子は不明とのこと。
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↑「立入禁止」と書いてあるのに、しっかり道のような。
「こっそり立ち入る人がいるのかなぁ?」と二人で話していたら・・・
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↑よく見ると「古墳入山ご希望の方は事務所受付までお越しください!」と書いてあるではありませんか!「えっ、中に入っていいの?」早速、事務所まで。(絶対、立入禁止だと思っていたので嬉しかった!)
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↑↑、↑事務所では詳しく説明が書かれた資料とステッカーまでいただけました。
資料はもちろんですがステッカーが結構嬉しい(笑)
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↑後円部の西側から登っていきます。
これは「墳丘に登れて嬉しい」を表したポーズらしい?相変わらずというか天真爛漫である!(笑)
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↑後円部斜面に葺石らしい石が。
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↑墳丘上、後円部から前方部を見たところ。
意外なことに後円部より前方部の方が3mほど高く16.3mほどあるとのこと。
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↑巨大過ぎて、なおかつ時間がなくて全景をカメラにおさめることが出来ませんでした。
(時間があれば近隣のビルから全景を・・・駐車時間が17時30分までで時間がなかった)
そこで、事務所前にあった1/27スケールの断夫山古墳模型。
右手が後円部、そして手前が後方部で前記した通り少し高く表現されて?います。
 
被葬者については有力な説があります。
大和朝廷に認められた者しか作ることを許されなかったという前方後円墳であること、
「日本書紀」に尾張の豪族、尾張連草香(おわりのむらじくさか)の娘であったメコヒメが継体天皇の妃になった、とあることから大和朝廷と姻戚関係にあった尾張氏の墳墓と考えられているのです。
 
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↑↑、↑次に断夫山古墳から南側、数百mにある白鳥古墳を見に行きました。
白鳥古墳は全長74mの前方後円墳でヤマトタケルに関連した伝説があります。
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↑白鳥古墳、北側から後円部を見たところ。

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↑↑、↑柵の間から白鳥古墳の内部をのぞく。
多くの木が茂った丘状になっていることがわかります。
 
※29日の熱田神宮+古墳巡りはこれまで。