6月8日は豊田市の曽根遺跡にも弟子を連れて行きました。
ここは縄文時代から古墳時代までの複合遺跡が公園化されています。
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↑縄文時代中期の竪穴住居跡越しの豊田スタジアム。この二つの建物の間には、およそ4千年から5千年の開きがあります。
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↑縄文時代の建物跡、古墳時代の溝などが保存されています。
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↑発掘報告写真によくある「柱穴に人が入って」というこの画像。これが弟子の憧れらしい(笑)
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↑縄文時代の竪穴建物の復元家屋。
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↑公園内に移築されている香九礼1号墳(かくれ1号墳・豊田市志賀町にあったもの)。直径12mほどの円墳で築造は7世紀末から8世紀初頭と考えられています。
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↑横穴式石室が開口していますが、狭いので私は入るのを断念(笑)
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↑↑、↑弟子が撮影した石室内部の様子。上手に撮れてるやん!(笑)
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↑公園に隣接する門守神社(かどもりじんじゃ)は古墳の墳丘の上に作られています。八柱社古墳(やつはしらしゃこふん)と呼ばれ豊田市唯一の前方後円墳なのだそうです。
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↑左手が後円部、正面あたりが前方部にあたるようです。ただ前方後円墳と言っても前方部が非常に短いうえに低く、いわゆる帆立貝式古墳という形式です。(直径33m高さ5.5mの円墳に幅10m、長さ7.5m高さ0.6mほどの方形の造出しが付く)築造は5世紀半ばと考えられています。
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↑林の中には周濠の痕跡も残っていました。
 

曽根遺跡の見学後は、豊田市郷土史資料館にも行きましたが館内は撮影禁止。
せめて建物の外に移築されている古墳をゆっくり見学しようと思いましたが17時閉館で時間切れ。
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↑↑、↑門が閉まる直前に何とか撮影したのがこの画像。

※6月8日はこれにて終了