コルサの毎日がヒルクライム

2009年06月

先日の奈良行きでは天皇陵も回ってきました。
しかし天皇陵は敷地内部には一般人はもちろん入れませんし研究者の立ち入りも制限されていて
近代、調査された事がないので何も判っていないところがほとんどです。
その為、案内板(古墳の内容などについて)は、まずありません。

また天皇陵の被葬者は宮内庁の認定によるもので研究者の見解と違っているところもあります。

大きな陵墓は全体像がうまく撮れないところが多く小さなところはまわりが
住宅などになっていて、これまた絵にならないところが多くどれも
同じような画像ばかりになってしまいました(笑)

※コメントなどに明らかな間違いなどございましたら遠慮なく、ご指摘ください。



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第一代 神武天皇(じんむ) 
実在の人物ではないとするのが一般的です。
敷地は広大のうえ中には入れないので陵墓がどのようになっているのか、まったく判りません。
大和三山 畝部山のすぐ北側に立地します。



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第二代 綏靖天皇(すいぜい)
実在の人物ではないとするのが一般的です。
神武天皇陵の北側に隣接しています。



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記事の最初に書いたとおり天皇陵、天皇陵参考地は宮内庁の管轄で一般者はもちろん
研究者の立ち入りも制限されています。
その為、古墳の形状すら詳しく判らない物がほとんどで、まして石室内部などは
過去(江戸時代以前とかに)に調べられた事がないとまったく判らないのです。
その為、現地に行っても(ここに限らず)宮内庁のこのような味気ない看板があるだけです。



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第三代 安寧天皇(あんねい)
実在の人物ではないとするのが一般的です。
大和三山 畝部山のふもと西側にあります。
ここは住宅や畑の間にあり、あまり大きなところではありませんでした。

 

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第四代 懿徳天皇(いとく)
実在の人物ではないとするのが一般的です。
大和三山 畝部山のふもと南側、橿原神社の裏手(西側)にあります。
こちらは本当に住宅地の中で、この画像の両側、カメラの背後は全て住宅地になっています。
こちらも大きなものではありませんでした。



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第八代 孝元天皇(こうげん) 
孝元天皇については実在の人物とみなす見方も出てきているようです。
周りは住宅地で石川池(剣池)にあります。



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第十代 崇神天皇(すじん)
実在の可能性がある程度見込める初めての天皇と言われているようです。
纒向古墳群の近くにあります。天皇陵の東側すぐには櫛山古墳が隣接しています。



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第十二代 景行天皇(けいこう)
景行天皇の実在性にも疑問を持つ意見が出されているようです。
こちらも纒向古墳群の近くにあります。



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第二十八代 宣化天皇(せんか)
ここから北に大和三山 畝部山が望めます。
すぐ東側には約600基の古墳があるといわれる新沢千塚古墳群(にいざわせんづか)があります。



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第二十九代 欽明天皇(きんめい)
ここが実際に欽明天皇陵なのか疑問もあるようです。
(被葬者について、いろいろ異論があるのは、ここの古墳に限りませんが)



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先の記事に紹介した「猿石」はこの近くから出土し江戸時代頃まで、
この古墳の上に置かれていたそうです。
猿石のほかの画像はこちら→ http://blogs.yahoo.co.jp/corsa2003sp/32158518.html



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第三十二代 崇峻天皇(すしゅん)
山村の集落、住宅裏手にあり、敷地はそれほど広くありません。
周りを回って柵の間から見ても、これといった「土の高まり」も「石造物」らしき物も
見られませんでした。



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第四十代 天武天皇陵
第四十一代 持統天皇陵
天武天皇とその皇后で次に即位した持統天皇が葬られているといわれています。
鎌倉時代に盗掘された時の記録から天皇陵としては珍しく状態がある程度わかっています。
その為でしょうか、天皇陵としては例外的に案内板がありました。
当時の記録によると墳形は八角形、五段築成、切石式の石室は2室で構成されているそうです。
ちなみに持統天皇は天皇として始めて火葬にされたといわれています。


今回、自転車の機動力と駐車場を気にしなくて良い気楽さで3日間で12基の天皇陵を
回る事が出来ました。
奈良盆地南部周辺には、まだまだ天皇陵とされているところがたくさん有ります。
いろいろ勉強してから、また他の天皇陵も回って見たいものです。

シクロジャンブルにK上さんが、面白い自転車を持込んでいました。

一見しただけではマニアでも気がつかない、
聞けば聞くほど、ネタがいっぱい!な、この自転車を、今回は、ご紹介させていただきます。



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一見したところ、リヤエンドがロードエンドなので古いロードフレームを
シングルスピードにカスタムしただけのものに思えますが・・・
(実はいろいろ手の込んだ工作が部品、フレームにされています)



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ところがフロントハブを、よーく見てみると!?
フロントハブの左側にも固定ギヤがついていますよ??

「こ、こっ、これは、なぜでしょう」



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そういえばダウンチューブには「TRIPLE COG」と書かれています。

そうなんです、この自転車、リヤに2枚、フロントに1枚、
合計3枚のギヤが付いているのです!



なんでも仲間内の遊びで古い自転車や古い変速機を装備した自転車でタイムトライアルを
行うイベントがあり、その為に作った自転車なのだそうです。

周回コースで行い一周に一度は必ず変速しなければならず、また変速機の種類などで
ハンディが設けられているそうです。

K上さんは、この自転車でホイールを入替えてチェンジすると言う方法を
選んだわけです(それなりのタイムハンディがもらえるらしい)

それにしても固定ギヤを入替えて走るという、いにしえのレースを思い出させる
自転車を選んだセンスには脱帽ですね。
(ちなみにそのイベント 通称カンパ ロッド式変速機などが参加するようです)



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普通ならWコグというピストハブを使って左右に2枚のギヤをいれ、それを差換えて
走るという方法ですが、フロントホイールにもギヤを一枚付けて走る
(もちろんリヤに入替え可能)と言う発想に思わず唸ってしまいます。


「ピスト用には片側2枚ずつの固定ギヤが付くハブがあるから、 それを使えば
 後輪だけで計4枚のギヤが付くよ」
なんてことは、けっして、ここで口に出してはいけません(笑)

素直に、この自転車を作ったK上さんセンスとアイディアを尊敬、賞賛しましょう。



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再度、フロントハブの画像を見てみることにしましょう。

少し古い部品に詳しい方なら
「カンパのハイローハブをベースにしたフロントハブだね」
と言われるかと思います。

私もそう思ったのですが、それは「大間違い!!」で、凄い話が隠されていたのです(笑)

良く見るとカンパハブに「RECORD」の文字が見られません、レコードの刻印がないとしたら
凄く古いハブだと言うことになります。

実は・・・片側のフランジが千切れてしまった古いラージハブを改造した物なのだそうです!!

奥のラージフランジが、もともとの物で千切れてしまった手前側のフランジを整形し
アルミを盛ったのち再度、整形しスモールフランジを作ってあるのだそうです!!!
さすが「溶接の天才」と言われるK上さんならではの技です。

その為、良く見ると奥のラージフランジは18H(36H)でスモールフランジ側は
12Hになっています。
18H側は3穴に1穴飛ばして(18H÷3=6   18-6=12H)として
24穴のリムで組んでいます。



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もう一度、後ろハブの画像を見直してください。

後輪も36Hのハブでスポークが3穴に1穴、飛ばして組んである事がお判りになると思います。
(36H÷3=12   36H-12=24H)


さて、このハブにも秘密が隠されていました。
実はこのハブ、もともとは片側にしかギヤが付かない、ごく普通のロードハブだったのだそうです。

それを、なんとフリーネジの反対側にもネジ切り加工してギヤを取付けられるようにして
あるのだそうです!!!
でもピストハブではないのにロックリングが付いていますよね、なぜでしょう?

これはロードハブに固定ギヤを付ける時の裏ワザでBBの左ロックリングを使うのです。

固定ギヤにも穴あけしてアクセントが付けられています。


また見る人が見れば判りますがスポークの組み方が3枚のギヤ、どれを駆動に
使っても良いよう(方向が合う)に組まれている事が判ります。



さて、大事なネタが残っていますよね。

前後の車輪が入替え出来るように加工されているのですから。

その方法は・・・

①フロントフォークエンド幅を110ミリに広げる。

②リヤエンド幅を110ミリに狭くする。

③車輪を入替えた時にエンドの厚みが違うと面倒なので薄かったフロントエンドの側面に
 金属板を溶接して前後のエンドの厚みを一緒にする。

④ハブのロックナット寸法を両方とも110ミリに調整する(もともと両方ともリヤハブだった)

⑤フロントエンドのミゾ幅をリヤハブシャフトに合わせて広げる(削る)。


ざっとあげただけでも、このくらいの加工が必要なはずです。

大変な作業ですね!!!!



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フレームはメーカー不明の貰い物だそうです。

リヤのブレーキワイヤ内蔵は今回追加した工作だそうで、きれいに内蔵されています。
微妙な色合いのフレームカラーもいいですし金線引きも、お洒落ですね。



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このハンドルは、ご存知ですか?

これはメーカーで穴明け加工された物なんですよ。
クスキと言う会社の「ホールウィンピスタ」と言う製品です。
軽量化ブームの70年代半ばに短期間、販売された製品です。
(エディ メルクスのタイムトライアル車に施された加工に影響を受けたのでしょう)


このハンドルがアッセンブルされバーテープが巻かれていないのにも、ちゃんと理由がありました。
別に穴明きハンドルをアピールする為にバーテープを巻いていないのではありません。

それは・・・固定ギヤを入替える際、チェンにさわるので、どうしても手が汚れてしまいます。
その手でバーテープを、さわれば汚れが付いて、きたなくなってしまいます。

それでは、バーテープを巻かない前提で・・・
油で汚れた手で少しでも滑りにくいハンドルと言えば・・・
この穴明きハンドルなら穴空き部分が少しは抵抗(摩擦)になって滑りにくいのでは?
と言うのが、このハンドルを選んだ理由だそうです。

「K上さん」、本当に、恐れ入りました(笑)


※ピストフレームをベースにブレーキなどを付けられるようにした物がピストロードなのか
 ロードフレームをベースに固定ギヤで乗れるようにしたものがピストロードなのか?
 意見の分かれるところですが・・・今回はピストロードとしました。

奈良県明日香村には多くの石造物があります。
いずれも飛鳥時代に作られたと言われていますが、用途や性格がわからないものが多く
考古学研究者やファンだけでなく多くの人々の関心を集めています。

今回、コルサは初めて憧れの地、明日香に行き、点在する石造物を自転車で見て回りました。

※画像のコメントは書籍からの引用、コルサの考え等もあり必ずしも現地の
 案内板の見解とは一致しないものも有ります。
 また、明らかな間違いなどございましたら遠慮なく、ご指摘ください。



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イメージ 2

「益田岩船」
東西11m、南北8m、高さ5mという巨石。
貝吹山の頂上近くの山中にあります。
それにしても「益田岩船」実際、見るとあまりに巨大で驚かされます。
不思議な石造物が点在する明日香でも最大の物だそうです。

昔の写真を見ると竹薮がまだ生えてはおらず、かつてはここから、あすか駅方面が
見渡せたようです。



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上部は溝状に成型され2ヶ所、四角形の穴が掘られています。
石室(墓)、占星台、物見台、「空海が灌漑用に作った池の記念碑?」など諸説ありますが
現在は古墳石室を整形中、打ち捨てられたとする説が有力なようです。



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側面には整形途中のまま残されたままと思われるところもあります。
この石の目的は何だったのか議論されますが現地に行ってみると、
それ以前に、この石が、ここに存在すること自体が疑問です。
まわりの山中には岩は、ほとんど見られませんし、あまりに巨大ですから
運搬するとしても容易ではありません。



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「ミロク石」
高さ約2m
かつて飛鳥川から引上げられたと伝わっていて「木の葉井堰」の石材の
一部ではないかと言う説が有力なようです。
(境界を示すと言う説もありますが)

素朴な表情の目、口などは後年掘られたと言われています。



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地元では「ミロクさん」と呼ばれ、今でも「足腰の病」に効くと信仰を集めているようです。
(私も膝の痛みが直るよう、お参りしてきました。笑)



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「鬼の俎板」
昔、鬼が旅人を捕まえて、ここで料理して食べ、この後、出てくる「鬼の雪隠」で用を
足したとの伝説が伝わります。
「鬼の俎板」から少し斜面を下ったところに「鬼の雪隠」があり、かつては両者とも
用途不明の謎の石造物といわれていましたが現在では「鬼の俎板」が古墳石室の底石で
「鬼の雪隠」が石室だという説が有力のようです。



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「鬼の雪隠」
前述のように「鬼の俎板」と組み合わされて古墳の石室を構成していたと言われます。
しかし現地に行って見ると自然に崩れるような場所ではないし二つが、
なぜ分離しているのか個人的には謎が深まります。
一旦完成した古墳が人為的に壊されたのかそれとも運び上げる途中に放棄されてしまったのでしょうか。

天武、持統天皇陵の真西にある為、天武天皇の死後、持統天皇が天武天皇陵と同じ方向にあるのを
不快に思い破壊させたと言う説もあります。
確かに、これだけの石室を持つ古墳を破壊する労力を考えれば、かなりの権力者の
仕業と考えるのは妥当に思えますが・・・。


さて次回は・・・歴史ネタを続けるか、それとも自転車ネタをはさみましょうか(笑)

奈良県明日香村には多くの石造物があります。
いずれも飛鳥時代に作られたと言われていますが、用途や性格がわからないものが多く
考古学研究者や考古学ファンだけではなく多くの人々の関心を集めています。

今回、コルサは初めて憧れの地、明日香に行き、点在する石造物を自転車で見て回りました。

※画像のコメントは書籍からの引用、またはコルサの考え等もあり必ずしも現地の
 案内板などの 見解とは一致しないものも有ります。
 また、明らかな間違いなどございましたら遠慮なく、ご指摘ください。



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「亀石」
全長約4m+、高さ2m弱
後ろには住宅が写っていますが周りは、ほとんど水田です。
用途など不明ですが寺領(川原寺?)、または居住域と墓域との結界等の説があります。



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亀石は非常に愛嬌のある顔をしていますが西を向くと飛鳥に洪水が起こり
村が沈むとの伝説もあります。



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「マラ石」
高さ約1.25m
形態的に男性の象徴と判断できるものですから子孫繁栄、豊穣などを
願った可能性があります。
地元では対岸の丘陵を「フグリ山」と呼びマラ石と一対の物と考える説もあるようです。
(この石は、あまり知られていませんが有名な石舞台古墳の近くにあります)



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「二面石」
高さ約1.24m
橘寺境内にあります。
二つの顔が背中合わせに掘られ、それぞれ「善面」「悪面」を表していると言われています。



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「二面石」右側に掘られた「善面」



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「二面石」左側に掘られた「悪面」



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「酒船石」
小高い丘の林の中にあります。
この特異な形からTVのミステリー番組にも取上げられたりするので、ご存知の方も多いかと思います。
酒の醸造などに使われたなどいろいろな説がありますが用途は不明です。
(出水酒船石とは、まったく別物です)

近年、この後に紹介する石造物がすぐ近くから発見されるなどして研究が進みつつあります。
この石より更に高い所から導水管等が発見されたとも言われており、
私も更に上部にも上ってみましたが丘の頂上は近く水をどこから引いたのか?
という疑問が残りました。



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「酒船石」の両側には「ノミ」の跡が残っていますが、これは中世?の物と
言われているようです。
削られた石材は高取城、築城の際の石材として使われたとの説もあります。



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「亀型石造物」(画像左)、「小判型石造物」(画像右)
「亀型石造物」全長約2.4m
先に紹介した「酒船石」が存在する丘のすぐ下から2000年に発見された謎の石造物です。
まわりに敷き詰められた石なども当時の物だそうです。
(画像からは切れていますが、この奥に階段、テラスと呼ばれる敷石施設もあります)

現在は「酒船石」「亀型石造物」「小判型石造物」を合わせて(周辺も含む)
「酒船石遺跡」と呼ぶようになっています。

ここから「酒船石」のある丘に登る道の途中から石垣(四重に巡らされているらしい)なども
発見されていて、この遺跡全体が「日本書紀」に記されているという斉明天皇が作った
「石の山丘」ではないかと言う説が出てきています。
目的としては天皇の祭祀の場、賓客をもてなす場などの説が有力のようです。



イメージ 10

イメージ 11

「猿石」
現在、現地には4体残っており一番大きい物で高さ約1.28mほど。
欽明天皇稜南側の水田から江戸時代に掘り出されたと伝わります。
現在は欽明天皇稜のすぐ近くにある「吉備姫王墓」の柵の中にあります。
(その為、画像は柵の間より撮影)

その姿形から、それぞれに名前が付いています。

(先に出てきた二面石は、ここから出土し運ばれたと言う説もあります)



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「僧」
頭髪がないように見え僧と言われれば、そう見えなくもないが、いかつい感じ。



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「山王権現」
いかにも中央アジアや西域などの異邦人(渡来人)をモチーフにしていると思わせます。



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「男」
ユーモラスな人相、たしかにヒゲ面の男を想像させます。
(この画像からは、ややわかりにくい)



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「女」
4体の中では最もサル顔か? 爬虫類的な感じすら抱かされます。
女と呼ばれる理由は良くわからないのですが、あえて考えてみれば胸に見える溝が
「乳房」を思わせる為なのでしょうか?


後編に続きます。

14日に大阪 服部緑地でシクロジャンブル(自転車関係のフリマ)が行われると知人から
連絡をいただきました。
シクロジャンブルは他のイベントと重なってしまったりして、もう長いこと顔を出していません。
久しぶりに行って見たいのですがシクロジャンブルだけではもったいない?と思い、
今回は13日から出かけて15日まで関西に滞在することにしました。


13日は奈良県 飛鳥周辺をサイクリング
14日、早朝に大阪入りしてシクロジャンブルで友人知人に会う
    もし、気に入った物があったら購入?
    午後には、また奈良に戻って夕方、サイクリング。
15日は昼過ぎまで奈良をサイクリング

以上のような予定です。
ただし、お金がないので

①往復は車を使うが有料道路は一切使わない(笑)
②道中は燃費走行に徹する(笑)
③宿泊は車の中・・・(さすがに明日香村内でキャンプは無理でしょう)

①と③は昔、信州峠巡りをしていた時代もそうだったので特に問題ありませんが
②は、ちょっと辛い(笑)

中部近畿地方にお住まいの方は、良くご存知だと思いますが・・・・
途中の国道25号線は高速道路とほとんど変わらぬ作りですが制限時速は基本的には60キロです。
しかし60キロで走っている車など皆無?と言っても差し支え有りません?

制限速度の何割か増しで、軽からトラックまで、みんな、びゅんびゅん吹っ飛んでいきます。
その環境のうえ、結構、アップダウンもありますから、もともと大人しい運転?の
コルサですが燃費走行は、かなり辛いものがあるのです(笑)


飛鳥でのサイクリングは後日、ご報告するとして、まずは14日のシクロジャンブルの、ご報告です。



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まだ、朝9時ですが、お店が開き始め熱心なマニアが探し物をしています。

手前は言葉巧みにガラクタ同然の部品を売りさばく・・・いえ、もとい、貴重な部品を販売するF氏。



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新しい出展者が到着するたびにマニア?が殺到します(笑)



コルサは「今回、友人、知人に会うのが目的で特に探している物はないから」と
思っていましたが目の前にすると欲しい物が、いっぱい(笑)

結局、あちこちの出展者から、あれやこれや買ってしまい・・・
とは言っても、まあ、ほんの9点ほどですけどね(笑)

それでも値下がりするのを期待しすぎて買い逃した物も(笑)
(売れ残り処分価格を期待して)



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こんな物も譲っていただきました。
サンツアー シュパーブの最初期型FDです。

これはプレートがアルミ製で軽量ではありますが純レーシング部品としてはレスポンス、確実性、
耐久性等が劣っていたらしく、すぐにモデルチェンジしてしまった物。

コルサは数年前、同じ物を入手したのですが新品の為、使う勇気がなく(笑)
でも、一度は使ってみたいと程度の良い中古を探していたのです。

今回、F氏の知人より程度の良い物を譲っていただき大満足。
中古とは言え磨耗も少ないので、まだまだ使えそうです。
オーナーはパスハンを少しでも軽量化しようと考えて使っていたそうです。
ただ、「ローへのチェンジは悪いですよ」との事でしたが(笑)



シクロジャンブルと言えば来訪者の自転車も面白い物がいっぱい。
日、仏、伊ほかの名車はもちろん、珍車もあります(笑)
(K上さんの自転車は後日、ご紹介予定)



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今回、結構面白かった一台。
メーカー不明のピストをカスタムしたもの。
この細見で素敵なクランクはスギノ ダイナフォローでしたっけ?



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リヤはブレーキを取付けるよう加工されていますがフロントは吉川のバンド式カンチブレーキを
付けています(70年代に販売されていた物)。
クリアランスの小さいピストのフォークだとクラウンに穴を開けただけでは、うまくブレーキが
付かないこともあります。
でもこのブレーキなら何とかなります(似合うかどうかは別問題?)



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水道蛇口コック式ウイングナット・・・ラグ付「Compe」ステムがカッコいい。

これはハンドルステムの着脱が便利そう。
オーナーいわく「今、この形の蛇口コックは、ないねん」「廃屋とか探さんと」



今回は車内で寝なければならないし自転車も積んで荷物が詰めないので出店はあきらめましたが、
せっかくのイベントを盛上げる為にも(お客さんとのやり取りも面白いし)
次回は久しぶりに出店しようかなぁ。

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