コルサの毎日がヒルクライム

2011年03月

前回は本宮山麓の製糸、養蚕関係にまつわる神社を回った記事をアップいたしました。

その帰り道の近くにある古墳に立ち寄りました。
今回は、その報告です。

本宮山の南(愛知県豊川市新城市周辺・旧宝飯郡一宮町)には500基以上の
古墳があったと言われています。
(もちろん、開発などで失われてしまった古墳も多い)

今回は、その中でも有名な古墳群、「炭焼古墳群」の中の一つの古墳に立ち寄ります。
炭焼古墳群には、かつて42基の古墳があったそうですが、残念ながら
現在残っているのは県道東上豊川線沿いの一群(十数基があった)と
今回、訪ねた炭焼平4号墳ぐらいになってしまったようです。

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本宮山の麓に広がる大地上のミカン畑の一角にある「炭焼平4号墳」

今回、乗っていったBSモールトン。
先日、記事をアップしたとおりリム交換後の増し締めの効果か?
こころなしかシャキッとしたハンドリングに感じるのは気のせい?(笑)

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炭焼平4号墳は炭焼古墳群唯一の前方後円墳で全長、34.5mほどあるそうです。
(以前読んだ本によると、前方後円墳に、よく形の似た帆立貝式古墳が他に二基あったと思う)
他の古墳は直径10m程度の円墳が、ほとんどらしい。
(周辺の他の古墳群も、ほとんどが円墳らしい)

発掘調査された当時のまま、残されていると言う炭焼平4号墳ですが調査時、
既に天井石などは失われていた(当然、墳丘も形を変えていた)ようで現状では
墳丘がどのような向きだったのかもわかりにくくなってしまっています。

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石室は横穴式石室で先にも書いたとおり天井石は失われているものの状態良く残されています。

発掘調査では勾玉類、須恵器などが多数、発見されているそうです。
築造年代については書籍などによると「6世紀の後半」とされていたと記憶しています。
現在も残る古い説明版には「築造は6世紀後半と思われ」と書かれていますが
最近建てられたと思われる説明板(現地に2枚の説明板がある)には「7世紀を中心とした
時代に造営されたものと考えられる」とありました。
まあ、「6世紀後半」でも「7世紀を中心」に含まれると言えますし群集墳が一度に
作られたわけではないので(笑)

石室を構成する石類は周辺から産出されるのか、それとも豊川河畔から運び上げられた物なのでしょうか?

今回、終わり。

一年ほど前、静岡県三ヶ日町の初生衣神社(うぶぎぬじんじゃ)に行った記事をアップしました。


初生衣神社に有った説明板には
「三河の赤引きの糸を持って御衣を織り(中略)皇大神宮に奉献」
との文字がありました。

そのように現在の(三河地区)新城市、豊川市辺りでは古来より養蚕が大変、盛んだったようです。
今回は(3月5日)信仰の山、本宮山の南麓、そして豊川(河川)の右岸(現在の豊川市)周辺に
点在する機織に関する神社を訪ねることにしました。

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まずは豊川市千両町(ちぎりちょう)の犬頭神社(けんとうじんじゃ)から。
(この地の字は興味深いことに糸宅「いとけ」と言うそうです)
この神社は七世紀、丹波の国から五穀蚕養の神、「保食大神」(うけもちのおおかみ)を
勧進したのが始まりで糸絢姫命(いとくりひめのみこと)を合わせて祀られているそうです。

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この神社に関しては「今昔物語集」の中に「参河(みかわ)の国に犬頭(いぬがしら)の
糸を始むる語(こと)」と書かれいるそうです。
興味ある方はどこかで検索して読んでいただきたいのですが・・・
ここでは長くなるので、ごくごく、かいつまんで、それを更に短く(笑)


郡司の正妻が蚕を飼っていたのですが飼い犬がある日、その蚕を食べてしまいます。
その犬が、くしゃみをすると鼻から白い糸が出てきました。
それを引っ張るとどんどん出てくるので桶やら何やら巻き取りました。
糸が出尽くすと犬は死んでしまい正妻は仏神が犬に姿を変えて助けてくれたのだと思い
犬を桑の木の根元に犬を葬りました。
犬の鼻から出てきた糸は雪のように白く、つやがあり見事な糸だったので、
郡司はこのことを国司に伝え国司は都に報告しました。


素晴らしい、この糸は「犬頭糸と呼ばれ天皇の御服に織られる」ようなったのだそうです。


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境内には、とても大きな楠木などもあるのですが、この桑の木が、ご神木だそうです。
(いかにも養蚕が盛んだった地の神社らしい)

次に向かったのが豊川市足山田地区の、その名もずばり「服織神社」(はたおり)。
「はたおり」というと普通は「機織り」となりますが、この神社は「服織神社」と書きます。

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交通量の多い県道から、わずかに入ると対照的に静謐な雰囲気になります。
ここから進んで左に直角に曲がると社があります。

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服織神社。
境内には特に神社についての説明板もなく詳細は不明です。
あ、そうそう石碑が、あることはあったのですが字が読みにくく
内容も私には理解しずらかったのでした(笑)

以前、本で読んだ話によれば、この後、出てくる「わくぐり神社」の糸が、
この「服織神社」で布に織られ伊勢神宮に奉納されたのだそうです。

ということで(笑)次は「わくぐり神社」(豊川市東上町)に向かいます。
ちなみに「わくぐり神社」は近年、安産祈願の神社として地元では大変に有名で
参拝する人も多いようです。

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籰繰神社(わくぐりじんじゃ)
↑難しい字画が多い漢字で黒くつぶれてしまっていますね(笑)

ちなみに「わくぐり」の「わく」とは蚕の糸を巻き取る「いとわく」の事だそうで、
この一体が、かつて養蚕が盛んで製糸が行われていた事を伝えているのでしょう。

私は長く急な石段を「安産祈願の家族が、こんな階段、良く上がるなぁ」などと
思いながら登っていったのですが・・・
今は営業優先?(笑)の為か、ここまで直接、自動車で、
参拝に訪れる事が出来るようになっていました。

登って見ると早春の陽に光り輝く?真新しい立派な拝殿が出来ていました。

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先の画像で真新しい拝殿の奥に妙な作り(失礼)の建物が見えていました。
山の斜面に上って確かめると、それは古い社を覆うように作られたものでした。

ここも境内に神社の由来などを説明する物は見当たりませんでした。

今回これで終わり。

先日、「CR110さん」から下記のようなコメントをいただきました。


「椅子マークのペダル(ラットトラップ?)のキャップは、隙間もなく、しっかりと嵌合しちゃってて(共回り)...
なんか自転車専用の治具とかばらし方があるのかな?」


「椅子マーク」のペダルと言うと今回取上げようとしていた
「アライ」という会社のペダルと思われます。

事実、うちにある「椅子のマークの入ったアライペダル」は下記のように、
つるりとした外観で一見どうやって外すのか戸惑ってしまいます。



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シャフトに「椅子」のマークがあります。これは「アライ」という会社の製品です。
※この画像のみ、この後、出てくるペダルとはモデルが違います。

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シンプルなペダルのキャップ。
工具の掛かるような場所は見当たりませんから、はめ込んであると誰もが思いますよね。
しかし、あまりにピッタリで隙間もほとんどないので
マイナスドライバーなどで、こじ開けてよいものかどうか迷います。

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結果を先に行ってしまえば・・・
鋭利なマイナスドライバーなどで、こじ開ければよいのですが
私は傷を少しでも付けるのが嫌なのでこのような方法で外しています。

まずは
キズが付かないようにゴムが付いた道具を使ってペダルのキャップ側を
万力でしっかり固定します。

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この状態で左右に軽くゆすってみると・・・・簡単にキャップが外れました!

今回の製品は簡単に外れましたが、もし固い物でも構造がわかれば対処がしやすくなりますね。

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本体側を見てみると特に凹凸もなく単純にキャップが勘合されていることがわかります。
その為、万一、「はめあい」が緩い物は簡単に脱落してしまいます。

ですから使用前やオーバーホールの際に「はめあい」の状態をよく確認して
緩い物は何らかの対策をしておく必要があるかと思います。

装着する時は、言うまでもなくプラスチィックや木製のハンマー(なければ木片)で
まっすぐ叩き込めばOKです。

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