コルサの毎日がヒルクライム

2016年02月

現在、豊橋市美術館において

「模型の魅力展」(タミヤとファインモールド)

が開かれています。
(2016年3月27日(日)まで開催)

豊橋市に小さいけど熱意あふれる模型メーカー、ファインモールドさんが
あることから
企画されたことだと思われます。

以前でしたらプラモデル=子供のおもちゃ+@ぐらいにしか、
とらえられていなかった世界が公共の美術館の企画展になるというのは
凄いことだと思いますし、もちろん模型ファンにとっては、
たいへん嬉しいことです。
ということで友人を誘って鑑賞に出かけることにしました。
(ちなみに2月27日の報告です)


豊橋市美術館のHP
⇒ ​ http://www.toyohashi-bihaku.jp/


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残念ながら展示の模様はアップできませんが美術館のエントランスの様子。
自分は最近、模型製作を行っていませんが、かつて作った模型がたくさん。
作ったことはなくても知っている飛行機や車、そして戦車などが次々
出てきて話が仲間と盛り上がり結局、滞在時間2時間ほど(笑)

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企画展には、その展示品を開設した図録(カタログ)が販売されるのが
常ですが今回はどうだろうか?と思っていたら綺麗な表紙の立派な
図録が用意されていました。
タミヤとファインモールド両社の模型などの画像はもちろん、
(株)タミヤ代表取締役会長、ファインモールド代表取締役へのインタビュー
などを含む70ページを超える資料になっていました。

この企画展、2016年3月27日(日)までなので、模型ファンの方、
ぜひ、どうぞ。

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今回集まった仲間は全員、自転車愛好家でもあるので模型店鑑賞のあとは
昼食、そして吉田城散策のあとポタリングに。

画像は吉田城の様子。
ちなみに豊橋市美術館は、かつての吉田城の敷地内にあります。

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今回は豊川を渡るのに「牛川の渡し」を利用しました。
現在は護岸工事の為、以前より少し下流の豊橋創造大学の裏に乗り場が
あります。
(3年間は、この少し下流の場所にて)

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この渡し船は「市道扱い」なので無料です。
なお船頭さんの話によると以前の場所と今回の場所では市道の場所が違う為、
市道の号線番号?も違うとのこと。

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牛川の渡しで対岸に渡った後は堤防道路などをのんびり走行、石巻本町へ。
石巻本町の馬越長火塚古墳(まごしながひづか)をご案内。

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今回、私が乗ったのはBSモールトン。

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サイクリングから吉田城に戻り参加者のうち、ミニベロのみ集合して記念撮影。

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吉田城からすぐ近くにある国の登録文化財である豊橋市公会堂。
昭和6年に完成という風格ある建物です。
(ロマネスク様式とのこと)
こちらに小さく映るのはアルプスローバーキャンピング。
この建物は国道1号線沿いにあるので車の中から見かけた方も見えるのでは?

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ジャイアントXTC ADVANCED 27.5の走行距離が1年未満で
1500キロ(2015年3月15日が初走行)を超えました。
タイヤの摩耗も「順調?」に進んできているので前後を
入れ替えることにしました。

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タイヤも摩耗を常々、チェックしながら前後入替のタイミングを
見計らっていました。
タイヤのブロック高の計測をしているのは最初の自動車を手に入れた頃に
買ったタイヤデプスゲージ。
と言うことは・・・このゲージ、かれこれ30年くらい使っている計算に
なります!?
(今まで考えたこともなかったので、30年超とは、ちょっとびっくり)
チープなものですが、ずっと壊れず役に立っています。

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画像は、ほぼ新品状態で撮影したタイヤの様子。
現在、装着しているタイヤは完成車に組み込まれていた
シュワルベ レーシングラルフ(サイズ27.5-2.1)です。
この時の中央のブロックの高さは約2.0ミリでした。

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画像は190キロを走行した時点の後輪。
(この画像の方がなぜか「ほぼ新品状態」の画像より新品ぽい?)
この時に一度目の前後入れ替えを行っています。
190キロで前後入替た理由?
それはタイヤの製造時のバリ?が嫌いな為。
190キロほど走ったところでリヤタイヤの嫌いなバリがほぼ取れたところで
前後を入れ替えています。
(早く前後ともバリをなくす為)

ちなみに走っても、なかなか取れない外側のブロックのバリは
ニッパーなどで切り取っています(笑)

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新車時から通算,1500キロを超えたところで2度目の前後ローテーションを
行うことにしました。
上の2枚の画像は「後輪190キロ+前輪1329キロ=計1519キロ」走ったタイヤ。
(前輪メインなので、こちらを前輪とします)
こちらは、まだブロックの角もしっかりしており、
あまり摩耗を感じられません。

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こちらの2枚は「前輪190キロ+後輪1329キロ=計1519キロ」走ったタイヤ。
(後輪メインなのでこちらを後輪とします)
こちらは摩耗がかなり進行しており人によっては(オフロード隊yとしては)
寿命が近いとも感じられるかもしれません。
新品時約2.0ミリのブロック高があった「前輪」は約1.8ミリ程残っており
0.2ミリ(10%)摩耗しただけでした。
それに対し「後輪」は1.2ミリほどのブロック高になっており0.8ミリ(40%)ほど
摩耗したことになります。

ブロックが低くなっただけでなくブロックにあったサイピング(細かい溝)も
不明瞭になっています。(特に後輪)
当然、後輪の方が荷重が大きいですし駆動力もかかります。
またブレーキングによりタイヤがロックするのも後輪の方が大きいので
順当な結果だと思われます。
(ロックしないまでもブレーキングの負担は後輪の方が大きいと思われます)

ただ、摩耗スピード(?)は他社のタイヤに対して、やや早いような気もします。
(自分が使った経験のあるパナレーサーやIRCに比較して)
シュワルベのレーシングラルフはタイヤのみの値段で今や1本、9500円(税抜)
ほどなのでそれを考えると、かなり辛い?
もちろん満足度は高いタイヤですが、やはり高価格なのは・・・

この一年は、このタイヤの摩耗データーを取る為に集中的に乗ってきたことも
あり走行距離が伸びました。
今後は他の自転車の他のタイヤの摩耗データーを取りたいので、この自転車、
このタイヤの走行距離は少なくなるでしょう。
(走る気力もだんだんなくなってきたし・・・)
そう考えれば、このタイヤ、まだしばらくは持ってくれます。
それなら高価格も我慢出来る?範囲内か?
でも使い切って新しいタイヤをテストしたい気持ちもあるんですよね~(笑)

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最後にタイヤ空気圧の件。
レーシングラルフの指定空気圧は3.0~5.0Bar。
自分は舗装路メインで3.0気圧にセット。
ダート走行に入ると3.0気圧からタイヤを触った感触で適当に抜きます。
帰った後に計ってみると・・・ダートで適当に抜いた数値は、ほぼ2.0気圧
ぐらいになっていることがほとんどです。
フロントサスペンションのセッティング、体重(62キロほど)などの兼ね合い
もあるのでしょうが、このぐらいにすると荒れた路面でのショック吸収、
グリップなどが好みに合っているようです。

今回はいつもの「コルサ探検隊」とは「やや流派が違う」友人たちと山の中に
残る古い道を辿ってきました。
今回の遊び場所は「千万町街道」と書いて
(ぜまんじょかいどう、あるいは、ぜまんじょうかいどう)
といいます。
大雑把に説明すると現在の新城市作手方面から岡崎市東端の
千万町町(ぜまんじょうちょう)を通り岡崎市街方面を結ぶ山の尾根を中心とした
古道です。
途中には山の中に点在する民家、耕作地などに通じる枝道が無数にあります。
戦国時代の「長篠の戦」の際、長篠城から岡崎城に情報を伝えた
鳥居強右衛門(とりいすねえもん)もこの道を通ったのではないかという説もあるようです。




前回、ご報告した通り本格的な山道の入り口は荒れていました。

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思った通り、最初から押し、担ぎに。

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山中の斜面には、かつて耕作地であったらしく石垣が何段にも連なっています。
道は少しは良くなったものの昨日の雨の為、とても滑りやすく大変です。

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尾根に出ました。
良い感じの古道が続いています。
昨日の雨の影響もほとんどないことからも、いにしえの人たちが尾根に道を
作った理由が理解できます。

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古道の様子。
起伏のある地形に土を盛って凹凸を減らし道が歩きやすくしてあることがわかります。

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マウンテンバイク、パスハンター、ミニベロ・・・
今回はコルサ探検隊と違って道案内を丸投げしているので気楽です(笑)

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古道を利用する人もめっきり減ってしまったようで倒木も多くあります。
利用しているのは林業関係者、猟師のわずかな人たちだけなのでしょう。
(このあたりの山中では以前、何度か猟師のグループに遭遇した)

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この辺りは、良い感じですが実際は枝、倒木等々で以前よりずいぶん
走りづらくなっていました。
マウンテンバイクですら降りなければならないところがたくさんありました。

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ここでは沢沿いの道が削られてしまっていました。

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山中の峠。
この先の日当たりの良い場所で休憩、昼食をとりました。

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先ほどの場所から木々の間に異様な崖らしき場所が見えたので単独で偵察に
行ってみると採石の跡でした。
岡崎市は良質な花崗岩の産地そして加工の町としても知られています。
(現在は中国やインドなどから輸入される石材の加工も多いらしい)

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いったん林道に出てしまい迷ったものの古道に再突入?
後半は比較的良い道で古道ツーリングを楽しむことができました。

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中古のユーラシアのフレームを利用して完成したばかり、今回が初の
山サイだったS氏のパスハンター。
TA、マファック、サンプレックス、ブルックス、サンシンLFハブなど
1980年代前半風の部品アッセンブル。
今となっては実走パスハンターとしては、「もったいない?」部品構成か?
中古のマウンテンバイクを買う日も近いのでは?(笑)

今回はいつもの「コルサ探検隊」とは「やや流派が違う」友人たちと山の中に残る
古い道を辿ってきました。
今回の遊び場所は「千万町街道」と書いて
(ぜまんじょかいどう、あるいは、ぜまんじょうかいどう)
といいます。

大雑把に説明すると現在の新城市作手方面から岡崎市東端の千万町町(ぜまんじょうちょう)
を通り岡崎市街方面を結ぶ山の尾根を中心とした古道です。
途中には山の中に点在する民家、耕作地などに通じる枝道が無数にあります。

戦国時代の「長篠の戦」の際、長篠城から岡崎城に情報を伝えた
鳥居強右衛門(とりいすねえもん)もこの道を通ったのではないかという説も
あるようです。

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まずは新東名東岡崎インターの北、桜井寺町から山に入っていきます。
画像は町名にもなっている桜井寺の様子。
813年に空海が開いたと伝えられる古刹なのだそうです。

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山中の集落、切越町の須佐之男神社

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須佐之男神社には「切越の夫婦ヒノキ」と言う天然記念物の巨木があります。

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さらに山中に向かって登っていきます。

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ここが一番奥の民家。

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一番奥の民家の前を通っていくと「切越の八面塔」と呼ばれる
構造物があります。
これは中世の何らかの祭祀によるもの、
平家の落人あるいは南朝の関係者の墓など諸説があります。

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さて、ここからは本格的な古道になりますが入口からして数年前に来た時より
はるかに荒れているのが不安です・・・

さて、この後はどんな道が続くのでしょう。

前回ご報告した通り
順調に鞍掛山に登ることができました。
ここからは、いろいろなルートが考えられますが
夕方に用事があるので登ってきた道をピストンして帰るだけの予定でした。
しかし順調に登ってきたので夕方の約束までには若干余裕ができました。
そこで、ほんの少しだけ足を延ばすことにしました。
(本当はもっと足を延ばしたいところが周辺にはありますが)


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尾根道を分岐まで戻ります。
ここで右手の馬桶岩側に進んでいきます。
実は鞍掛山の山頂は南北に細長く三角点は北に(前回記事の山頂)、
ただし最高標高点は南にあるのだそうです。
また山頂からの展望は良くありませんでしたが南側は展望も良いそうなので、
これから行ってみることにします。

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尾根には岩がごろごろ転がっています。

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この先が鞍掛山、最高標高点でしょうか?

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登り切ると・・・どうやら最高標高点のようですが、そういえば案内板にあった
馬桶岩ってどこだったんでしょうか?ここのこと??(笑)

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おおっ、素晴らしい景色が広がっていました。
展望の良くない鞍掛山(北の山頂)だけでは、ずいぶん損?をするところでした。

画像ではわかりませんが中央奥にキラキラしているところがあります。
たぶん、太平洋なのでしょう。

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ここが自転車で走ってきた方向でしょうか。
直下が四谷地区、中央、奥の方が海老地区だと思われます。

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やや左手、東の方は・・・仏坂峠方面そして宇連山?高畑?


さあ、あとは千枚田まで歩き、そこからは一気に自転車で海老地区の
南まで下ることにしましょう。
(車は海老地区の南、玖老勢地区に置いてきました)

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