コルサの毎日がヒルクライム

2016年06月

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ずっと、行きたかったのですがイベントや用事、雨の為にしばらく
行けなかった朝バンク練習。
今日、12日は久しぶりにバンク練習に行くことが出来ました。

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今日は2台のピストレーサーを車に積んで出かけました。
なぜかと言うと・・・
一台は、普段から練習に使っているビバロ。
もう一台はチネリ。
実はチネリのパーツを組み変えたので乗ってみたかったのです。
ただ、貴重なチネリ ピストは落車のリスクが多い集団走行では
使いたくない(笑)
それで、2台のピストを持ち込んだのです。
(なぜか2台のハンドル位置がかなり違う・・・)

さて、チネリにどんな部品を組んだのか?
それは次回にお話します。

昔はちょくちょく走りに行っていた浜名湖の南部。
最近は浜名湖に行くことがあっても北部がほとんどで南部に
行った記憶がほとんどありません。
そこで、今日はトレーニングの行き先を浜名湖南部にしてみました。
国道42号線から旧東海道、白須賀宿を通って旧浜名街道。
旧国道1号線を横切り新居町の新居浜温泉、海浜公園に行ってみます。

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海浜公園の先端から見る浜名大橋。
今日は、このところトレーニングに、よく使っている赤いトーエイ。

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浜名大橋下から見る弁天島。
ここが浜名湖と太平洋がつながる今切口、この先(右手)は
太平洋の大海原です。

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かつては有料道路(浜名バイパス)でしたが無料になり国道1号線、
国道23号線豊橋東バイパスと直結し車で通ったことがある方は
多いのでしょうが、この角度から見上げた方は意外に少ないのでは。

この先は「立ち入り禁止」になっているのですが・・・
画像には写ってはいませんが実は釣り人が数え切れないほど。

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帰路は旧国道1号線の潮見坂を登って帰りました。
先ほど見上げた浜名大橋(浜名バイパス)が無料になった為、
交通量が激減し自転車でも走りやすくなりました。
(本当に驚くほど減りました。影響を受けた食堂、GSなど多いのでしょう)
この潮見坂の成り立ちは・・・
またの機会に記事に書きましょう?

実は、うちにはアレックスサンェが住んでいます。
しかし、友人たちからは「日本一冷遇されている、かわいそうな」
サンジェと言われています。
たしかに最近はガレージにずっと放置され、ほとんど
顧みられることもなく確かにかわいそうな・・・

入手した当時と十年ぐらい前は、結構、サイクリングやトレーニングに
乗っていたのですが最近はほとんど乗っていません。

前回乗ったのは・・・・1月3日の新春ミーティングでした。
その時、すでにレストアベースかと思われる状態に我ながら
驚いたのですが・・・
それから、また半年近く放置していたので、どんな状態になっているかと
恐る恐る現状を確認してみました。

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こうやって遠目に見れば結構、見られる?、格好いい??(笑)
計画段階では泥除けなしのクルスルート(ロードレーサー)として
考えていましたがオーダー時、周りからの忠告もありガードを付けて
もらいました。

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しかし、近づいてみてみると。
このチェンステーは初走行の際にチェーンがはずれて巻き込み塗装が
はがれたもの。
メッキしてあるからいいや、とタッチアップもしていなかった。

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ヘッドラグやヘッドパーツにもサビが。
ヘッド小物とワイヤー受けのギザギザの山があっていないのは
サンジェの仕業。
もちろん、納車時に気が付いていたもののサンジェの仕事なので、
あえて直していない。

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チドリはサンジェオリジナルが付いてきた。
小物のサビは納車時からのもの。

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うぇ~、シートステーのメッキにひどい赤サビ。
カンパの直レバーにも・・・

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オリジナルステムも、うっすらとサビ。
ハンドルはまあまあの様子。

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ピカピカに光っているはずのTAもストロングライトも、こんなありさま。

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メッキが美しかったはずのユーレールックスも・・・

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フランスのハブに信頼が今一つ置けず選んだカンパのハブ。
磨けばピカピカに光るはずの70年代前半のレコードハブも、ここまで
腐食が進むと、すでに手遅れか?

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リムはサンジェから組んできたものが気に入らず自分で組み変えた
スーパーチャンピオン アルカンシェル。
これも腐食が進んでる。

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レイノルズのステッカーもはがれ気味、ポンプは画像で見るより
実物の方がかなり重症。
ちなみにポンプの付け方は・・・
オーダーのイラスト指定とは違う(笑)
まあ、サンジェの用意できたポンプのサイズに合わせて、
こんな付け方になったのでしょう。
こだわりのある方ならオーダーどおりでないと怒るかも。
当時の私は「まあ、フランスのオーダーなんて、こんなもんかな」と。
今なら値引きしてなんてごねるだろうけど(笑)
(他にもオーダー時のイラスト指示通りでない部分が何点か)


さすがに現状を見ると、このまま見て見ぬふりが出来る
状態ではありませんし、ハブ、BB、ヘッドなどもサンジェで組んで以来一度も
グリスアップしたことがありません。
そこで、今回、すべて分解してオーバーホールすることにします。

ただ、もう少し乗りやすくするために部品を一部交換しようかと・・・
あるいはガラリと雰囲気を変える大幅な部品変更も・・・
そんなことより、とにかく磨いてサビ、腐食を落として綺麗にしなきゃ(笑)

コルサ探検隊は「愛知の低山登山のアプローチに自転車を使って出来るだけ
というコンセプト?です。
しかし、今回は登山ではなく豊橋市南部、太平洋の海岸線です。
これは5日の朝まで雨が降っていた為。
いったんは雨で中止したものの9時くらいには雨は上がり路面も
乾いてきました。
そこで、急きょ仲間に招集をかけ午後から豊橋南部の海岸線に探索に
出かけました。

集合は豊橋西赤沢町の万場調整池
今回はK隊員とO隊員に私の三人です。

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何度もこのブログで書いている自転車道を東に進みます。
自転車道といってもこんな凄い?所も。

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海岸線までは原生林?といっても良いでしょう。
木々が茂っています。

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海岸の崖の上にはパラグライダーなどのフライトポイントもあります。


自転車道は西七根町で途切れてしまうのでいったん、国道42号線に出て
その後、小松原町から海岸線に降ります。


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小松原町の砂浜から見た老人ホーム。
海岸線に極めて近いところに立っています。
300年ほど前まで、このあたりには集落があったのだそうですが1707年の
地震による津波で、ほぼ壊滅したと言われています。

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そして老人ホームの北側の駐車場。
駐車場の奥に写る森には733年、開山したという東観音寺という
お寺があったのだそうですが、ここまで津波が押し寄せたと
言われています。
倒壊を免れた多宝塔は後に別の場所に移築されたのだそうです。
(現在の東観音寺は、この後、探索に行きます)

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駐車場に北の森に分け行ってみると瓦、祠が残っていました。
このあたりに当時の東観音寺の本堂があったようです。

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祠の中の石碑。
行基菩薩の石碑と言われているようですが・・・
文字はほとんど読み取れません。


現在の東観音寺に行く前に二人の隊員が行ったことがないという
戦争遺跡を案内することにします。

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何度も来ているので簡単にわかると思っていましたが少し
迷ってしまいました。

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小島のトーチカ。
以前来た時より周辺に溶け込んでしまっています。

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上部の遺構もこんな感じで、見つけにくくなっています。

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カメラを突っ込んで撮影した内部の様子。

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今度は先ほどの東観音寺の今の様子を見に行きます。
津波などの影響で移転した現在の東観音寺です。
これは山門。

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重要文化財に指定されている多宝塔。
1500年代前半に建てられたらしい。
(一説には1528年)

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733年、行基によって開山された東観音寺は戸田宗光、今川義元、
徳川家康らの庇護を受け栄えたと言われ多くの重要文化財などを
所蔵しているそうです。

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最後はスタート地点近くの伊古部町西海岸の「ささゆりの里」へ
立ち寄ってみました。
昔から自然に山に咲いていたささゆりを保存会の人たちが
守っているとのこと。
17時過ぎで少しくらい林の中では綺麗に撮影できませんでしたが・・・

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ささゆりの里散策路の南側は太平洋が見える場所でした。

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この海を望む高台には震災、鎮めの石碑がありました。
今回、前半に立ち寄った東観音寺の津波被害は1707年でしたが、
この石碑は伊古部村の津波被害1854年に建てられたものでした。
もちろん2カ所の村は数キロしか離れていない為、当然、両村とも
両方の津波の影響をうけたはず。

今回のサイクリングは雨が上がった為、急きょ地元を走ったもの。
距離も33キロほどと短かったものの意外に
内容の濃いものになったのでは?(自画自賛)

その2の記事アップ後、いろいろあって
遅くなってしまいましたが、京都北山の峠その3をアップします。


日曜日の夕方から降り出した雨、月曜日の午前中は降ることが予測
されていましたが、せっかくの休みですから覚悟を決めてカッパを
着て走ることにします。

渋滞を避ける為、早朝の京都市内を北上しスタート予定地点に
向かいます。
京都の市街地を抜けた国道162号線で車を停めたかったのですが、
ちょうど良いところを見つけられず
結局、御経坂峠を越えてしまい杉坂地区まで進んだところで
車を停めました。

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県道31号線、西陣杉坂線から南に向かいます。

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狭い山道の割には交通量が多い道を小雨の中登って行き
京見峠(400m)に到着。

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切通しの峠でしたが、なんとなく雰囲気は良く感じられました。
峠を少し南に下ると杉の木の間から京都の市街地が見られました。
また400年の歴史を誇るという京見茶屋もありますが本日は
閉まったままでした。

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さて、ここから杉坂まで来た道を下り次の峠に行くつもりでしたが
登りの途中にこんな案内板を「見つけて」しまいました(笑)
古道、若狭街道とあります。
雨の中いきなりの茂みですが・・・
見つけてしまったのですから行かなければなりません。

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イノシシ用のわな、自分も田舎の子ですから別に
珍しくもありませんが・・・
道はしっかりしているようですが意外にぬかるみも多いようです。
いずれにしても700-23Cロードレース用のタイヤで行く道
ではありません。

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雨を割り切ってしまえば雰囲気は良い峠道です。

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古道、若狭街道、(旧)京見峠に到着。
奥が京都側になります。
先ほど書いた京見茶屋が400年の歴史があるのなら、こちらの峠から
行くのが本来の道筋でしょう。
この峠道と茶屋の位置関係を向こうに下って確認したいところですが、
さすがにそこまでは断念。

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しかし、静かな峠です。
平日の雨の中ですから当たり前と言えば当たり前(笑)
いずれにしても雨の日、この峠を訪ねる方は雨に強い靴を選ばれた方が
良いかと。

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登りの途中で見かけた神社に立ち寄ります。
道風神社という小野道風を祭神とする神社でした。
創建は平安時代(920年)と意外に古い神社でしたが祭神にあまり
興味がないので、ここでスルー。

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杉坂地区に戻り県道107号線を真弓川に沿って北上。
林道持越線に入ります。

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林道途中から峠方面を見たところ。
後でわかったのですが中央の低い部分が峠そのものの部分でした。
(画像に小さく写っているアンテナ塔が峠にありました)

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どうしても峠道の様子というとヘアピンカーブの画像を撮ってしまいます。
傾斜的には他の場所の方がきついところがたくさんありました。
(撮影は下り時に。基本的に登りの途中は止まらない主義)

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持越峠(394m)に到着。
いろいろ歴史的な話もある峠のようですが今はごく普通の峠の様子。

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峠の西側には途中から見えたアンテナ塔があります。

持越峠を登った後は、また杉坂地区に下ります。
予定では、この後、国道162号線に出て南の御経坂峠、北の栗尾峠などにも
足を延ばす予定でした。
しかし車で越えた御経坂峠が片側交互通行の工事を何か所かで行っていたこと、
雨は小雨になってきたものの路面は濡れて山道の下りは危険と判断し
本日は、この二つの峠(古道の峠を入れて三つ?)で終了、
愛知県まで戻ることにしました。
(まあ体力面、天候面というよりも、なにか気持ちが切れてしまいました・・・)

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