コルサの毎日がヒルクライム

2017年06月

11日は充実したトレーニングができました。
朝は例によって競輪場でのトレーニング。
午後からは埠頭にてロードでの周回練習。
まだまだ後ろをついていくだけで精一杯ですが、とても良い練習に
なりました。

イメージ 1

先週からギヤを46T×14Tに変更しました。
ギヤ比は3.286・・・
これぐらい踏んで回せなければ話になりません。
今まではリハビリ中という事で軽めのギヤ比設定のことが多く最高速が
あまり出なくても「ギヤ比が低いから」
と言い訳出来ましたが、このくらいの設定になると・・・

ハンドル高はまだまだ高めです。
少しは下ハンドルを握れるようになってきましたが下ハン握っての
連続走行はまだ長くは続きません。
先週の健診(転倒骨折、人工股関節手術から10か月になる)
で手術部分に異常は見つかりませんでしたが、その他の部分(ひざ)
の痛みについて次回はさらに(MRIとか?)調べてもらう予定です。

イメージ 2

昼に自動車整備工具の展示会見学+食事(会場にて業者さんにご馳走になり)
をして午後は埠頭にて周回練習。
まあ、ついていくので精いっぱい。
ただ、少しは復活の見込みが出て来たのかなと?

先週のことですがモリコロパークで行われた
トヨタ博物館クラシックカー・フェスティバル
に行ってきました。

イメージ 1

イメージ 2

クラッシックカー約150台が集まるこのイベントで私がもっとも興味を
持っていたのは・・・この一台。

トヨタの関連施設、MEGA WEB(東京 お台場)から持ち込まれた
この2000GT。

イメージ 3

この日、トヨタ博物館のボンドカー、一般オーナーの持ち込んだトヨタ2000GT
9台?を含め10台以上(合計11台?)の2000GTが集まった中で、
なぜ、最初の画像の1台に最も興味を持っていたのか?
それは・・・
(画像ではわかりにくいのですが、ここに一般オーナーの2000GT、9台が写り
他にトヨタ博物館系の出展車輛2台が展示の計11台の2000GTが展示されました)

※ここで、お断りしておきます。
 これから私が書く疑問はオーナーズクラブや熱心なファンにとっては取るに
足らないことで常識なのかもしれません。
 ただ、一般のファンにとっては、語られている(書かれている)ことを目に
することはほとんどないと思うので、一クルマファンの疑問として
書かせていただきます。
もし私の間違い、認識違い等ございましたらご指摘いただければ幸いです。

 
イメージ 4

この日、1万人?を超えた観客のなかで、この車、この説明板に興味を持った人は
何人いたのでしょうか?
(クルマ好きを自称する方々も含めて)

注目すべきポイントは一番下の「水冷直列6気筒SOHC」の部分。
「SOHC」???、トヨタ2000GTを、ある程度?知る人には、これは
誤植にしか思えません。

普通、トヨタ2000GTは「DOHCのはず、間違ってるね」と思いますよね。
ですが・・・この車は「トヨタの出展車輛」です。
もちろん間違っているはずはありません。

では、なぜか?
トヨタ2000GTの車輛形式は「MF10」、「MF10L(左ハンドル車)」なのです。
この形式の2000GTは、「DOHCエンジン」が載っています。
それでは、説明板の画像を見直してください。
車名は「TOYOTA2000GT MF12L」となっています。
そう、この車輛形式は「MF10」ではなく「MF12」なのです。
(末尾のLは左ハンドルを表す)
MF12には2300cc直列6気筒「SOHC」エンジンが積まれているのだそうです。
(2M-B型エンジン 2,253㏄)
その為、このことを知る少数のマニアの間では通称「2300GT」と呼ばれています。

ただ非常に残念だったのは今回の展示で少なくとも私がいた午前中にはボンネットが
明けられることがなく2300㏄SOHCを見ることが出来なかったこと。
(また「開けて」と頼めるような人が近くに見当たらなかった)
開けてもらえればSOHC(2M-B)エンジンの画像をここにアップ出来たのですが。

またシャシープレートがあるかどうかも確認できたのですが・・・
(プロトタイプと言われているのでシャシープレートはないはずですが、
  それを確認したかった)

イメージ 5

MF12Lですから左ハンドル。
ステアリングホイール、パネルも後期型の特徴を備えているように見えます。


この2300GTについてはミステリアスな部分が多数あります。

まず生産台数。
一説には2台(当時のアメリカ専門誌の記述から?)、
5台説(開発に携わったヤマハ技術者の記憶?)、
そして9台説(根拠不明)などがあります。

そして、この2300GT、エンブレムは2000GTとなっていますが
販売台数337台には含まれていないのだそうです。

それはすべてがプロトタイプで市販化されていないというのが
理由らしいのですが。

ところが80年代半ばの日本の雑誌に
シャシーナンバーMF-12L 000001(左ハンドルそして3速ATだという)
が逆輸入されたという記事が載っていて初代オーナーはアメリカ在住の日本人女性
だったと明記されています。
ただし、この記事には「モニター車としてアメリカに輸出した」という意味の
記述もあります。
(この記事にはモニター車と書かれているが「市販されていない」とするニュアンスはない)
(この車は今どうなっているのか?日本でナンバーを取得することが出来たのか?)

また同じ記事には「アメリカ在住の愛好家から日本のオーナーズクラブに
MF12-000006のシャシーナンバーの車を持っている」との写真同封の連絡が
あったことも記されています。
とすると2300GTが全てプロトタイプであり正式販売されていなかったとしても
少なくとも何らかの事情で000001と000006の2台はアメリカで一般人?の手に
渡っているということになります。

イメージ 6

通称2300GT(SOHC搭載車)の外観上の最大の特徴としてマニアの間で
語られるのはフロントナンバー部分につくオイルクーラーとそのカバー
なのですが、このクルマにはありません。
(ただ、ナンバー裏のプレートにも前期、後期があり、このクルマは後期型の
 プレート(パネル)が備わっているように見えます。)

前述のシャシーナンバーMF-12L 000001の画像では、はっきりとそのカバーが
写っています。
またMF12-000006の写真にも「別ワクでオイル・クーラーが取り付けられている」
のが確認できた旨が記されています。
ところがMEGA WEB車輛には見当たりませんし1980年頃に鞍ヶ池記念館で
撮られた雑誌の写真にも写っていません。
これは、このクルマが2300GTの初期プロトタイプ(一説には2号車、その根拠は不明)
であるという説から考えると、まだオイルクーラーの取り付け前だったという事で
片付けられる問題かと・・・

そして、この画像に写る、もう一点の疑問。
このナンバープレート。
80年代の雑誌記事+最近の情報を合わせて考えると、このクルマは
後期型2000GTの輸出仕様プロトタイプでテスト後、放置されていて、
くたびれ果てていたものの解体を免れトヨタ鞍ヶ池記念館に展示。
その後(1999年?)にMEGA WEBに展示されるため、レストアされたというのが
通説になっているようです。
それでは、この「USA」、「1967」の文字が見えるナンバープレートらしきものは
何なのか?
トヨタ(MEGA WEB)の収蔵車でありながら、このヘンテコ?なプレートが付けられて
いる理由は何なんでしょう。

2枚目の説明板画像を見ると年式は「1969」となっています。
後期型2000GTの販売は1969年からですから1969年の年式が正しい?と
思われますが後期型輸出用プロトタイプとすると1969年以前に作られ開発、テストが
進んでいたことが考えられます。
それが前期型が販売された1967年には始まっていた?そしてアメリカ輸出向けという
事で「USA」の文字が入っているダミーのプレートを付けていた?
(これは私の妄想ですが)

イメージ 7

2枚目にアップした画像をここでもう一度。
ここにも2300GTの特徴?が一つ写っています。
車体後部側面に付くリフレクターハウジング。
画像の後期型では、この部品が大型に変更されています。
それはすべての後期型、2000GTに共通の特徴なのですが・・・
良く見ると側面(白いボディカラーに塗られた側面部分)に、ごく小さなスリットが
入っていることがわかります。
これは一般の2000GTで私は見たことがなく先にも書いた80年代に逆輸入された
2300GT(MF12L-000001)と、この展示されている2300GTでしか
私は見たことがありません。
その為、私は、これはMF12、2300GTの特徴の一つではないかと思っています。
(スリットが付けられた理由は不明)

すみません。
話が長く、くどくなり過ぎました。自分自身でも混乱して来てしまいましたので、
この辺で終わりにしたいと思います。

※次回は、今回の展示車輛がトヨタ鞍ヶ池記念館のクルマと同じ車であることを
 検証(大袈裟過ぎる?)してみたいと思います。

トヨタ博物館のバックヤード収蔵車展
「トヨタ2000GT 50周年記念 スポーツカー特集」
に展示されているトヨタ2000GTについて見ていきたいと思います。

※初めにお断りしておきますが・・・
私はトヨタ2000GTの熱心なファンではないので間違い等ございましたら
ご指摘、ご教授いただけると幸いです。

イメージ 1

常設展示車輛。
前期型(1968)の右ハンドル車。
多分、市販車輌と思うのですが(車体番号など未確認)・・・
市販車輌かどうか?ご存知の方が見えたらご教授ください。

前期、後期型の見分け方、違いについて、この場では特に
書きませんが・・・
あまり知られていない特徴をこの車はちゃんと持っていますので
触れておきたいと思います。

それは、フェンダーミラーの特徴。
「前期型はフェンダーミラーの内側だけが黒く塗られている」と
言われているのですが今見るクルマは前期型でも全メッキだったり
全黒色がほとんどです。
本当に内側だけ黒く塗られていたのか?少し疑問だったのですが、
さすがトヨタ博物館の車、この車は内側だけがちゃんと黒く
塗られていました。

イメージ 2

バックヤード収蔵車。
後期型(1968)の右ハンドル車。
これも、多分、市販車輌と思うのですが(車体番号など未確認)・・・
市販車輌かどうか?ご存知の方が見えたらご教授ください。

イメージ 3

バックヤード収蔵車。
ボンドカー(1966)
ボンドカーの通称で知られるものの映画の中でジェームズボンドは
運転しておらず日本の諜報機関の車として登場。

この車は映画用に試作車両から作られたと聞くので車体番号のない
車両と思われます。
ただ、日本での映画公開前に報道陣に公開された画像を見ると
「品川5 ま 20-00」のナンバーを付けています。
シャシーナンバーのないとされる試作車から作られた車ですから、
たぶん、これは本物のナンバーではない?と思われます。

また、この車は一時ハワイに渡って忘れ去られていたようですが発見時は
青色に塗られメッキのホイールも黒く変色し無様な姿で日本に戻ってきて
レストアされたとのことです。
(1977年、レストア前の状態の青いボディカラーの画像が雑誌に
     載ったことがあります)
なお、この車は映画撮影時からフェンダーミラーが
装備されていないようです。

イメージ 4

バックヤード収蔵車。
前期型(1967)の左ハンドル車。
この車輛についてトヨタ博物館で配布されていたパンフレットに
なぜか、わざわざ、「実際に販売された前期型」と明記されています。

この車、一番最初の画像の車と同じと思われる前期型フロント
ウインカーレンズ形状ですが色が黄色になっています。
輸出用という事でしょうか?
またワイパーの方向も右ハンドル車とは違います。
(他にもマフラー先端形状が違うような気がしたが画像なし・・・)

ちなみに右ハンドルの車両形式は「MF10」ですが左ハンドルは
「MF10L」となります。
また、後期型にはオプションでAT仕様があり、その場合「MF10C」
となるそうですが・・・この形式のプレートを見たことはありません。

イメージ 5

通称「トライアル車」
1966年に3つの世界記録と13の国際記録を樹立した
スピード トライアル車のレプリカ。
(実車は解体処分され現存していない)
実車は2000GTの試作車両、第一号車から作られたということですが・・・

では、このレプリカは・・・
この車はアメリカでの宣伝効果を狙いSCCAレースに参戦する為、
キャロル シェルビー レーシングに送られた3台のうちの
1台から作られたとのことです。

この3台はシャシーナンバーが判明しており、このレプリカは
シャシーナンバー「10006」から作られたそうです。

ただ、正式販売車両は「10007」からとされており、この車は
シャシーナンバーがあるもののトヨタ2000GT販売車輌337台には
該当しないクルマということになります。

ちなみにシェルビー レーシングに送られた他の2台もシャシーナンバーは
判明しており車自体も現存しているそうです。
そのシャシーナンバーは10001(ということは生産型第1号車か?)、
10005とのことでレースで活躍した後、10005はロードカーとして
使われていたそうです。

先にも書いた通り正式販売車両337台の最初のシャシーナンバーは
10007からとされているのに10005がロードカーとしてナンバーを
付けたという事(たぶん、アメリカにおいて)は337台のほかにも
ナンバーをつけた2000GTがあったということになると思うのですが・・・

雑誌資料などによれば「10001~10006はシャシーナンバーがあるにも
かかわらず市販されなかったが後にナンバーを付けた車両もある」
と書いているものもあります。
前記の10005以外にも10001~10006の中でナンバーを
付けた車があったのか?不明です。

トライアル車(オリジナル)はフェンダーラインなどが市販車と違い
レプリカでもハンダ?を盛るなどして再現されているとのこと。
他の市販車と見比べればフェンダーラインの違いが・・・
画像では良くわかりませんね(笑)
なお、スピードトライアルは単独で走るので後方を確認する必要はなく
もともとフェンダーミラーはなかったようです。
(空気抵抗軽減を狙ってか)



今回、バックヤード収蔵車も含め5台の2000GTが見られるという事で
確認したかったのは、かつてトヨタ鞍ヶ池記念館に展示されていた
2000GTは今どうなっているのか?、このトヨタ博物館にあるのか?
という疑問。

トヨタ鞍ヶ池記念館に展示されていた2000GTは
(なんと垂直に立てて展示されていた)
左ハンドルだったという事、左のミラーがフェンダーではなく左ドアに
付いていた事(砲弾型ではなく板型)、そして最大の疑問は後期型で
あったということ。

「輸出用左ハンドルは前期型しか販売されていない」という資料の記述と
矛盾してしまいます。
今回、左ハンドル車があるという事で「もしかしたら」と考えていた
のですが実車は鞍ヶ池の車とは違うクルマでした。

ただ、鞍ヶ池にあった車を改造したのでは?という疑問もありましたので
コンパニオンさん(正式の呼び名は不明)に聞いてみました。

すると、すぐにあちこちに連絡を取り調べてくださいました。
実際には担当者が会議中とのことで、その場では結論は出なかったのですが
夕方、わざわざ、電話で報告してくださいました。
その「神対応」はホンダファンの私もNS-Xをキャンセルしてレクサスの
1台も買おうか?と思わせるほど(笑)
対応、物腰、笑顔何をとっても、さすが世界のトヨタの博物館のコンパニオンさん、
どんなお客様を世界中から迎えても恥ずかしくありません。
(その節は面倒な客で、お手数をおかけしました)

おっと、話がそれました。
コンパニオンさんが調べてくださった内容を要約すれば・・・

トヨタ鞍ヶ池記念館にあった2000GTはトヨタ博物館の収蔵車ではない。

トヨタ鞍ヶ池記念館にあった2000GTが今は東京、お台場のMEGA WEBの
収蔵車であること、

そして、そのものが、たまたま5月28日のトヨタ博物館クラシックカー・
フェスティバルに参加する予定、と教えてくださいました。

そこでトヨタ博物館でいただいてきた
「トヨタ博物館クラシックカー・フェスティバル」
のパンフレットを良く見てみると展示車両の中に、それらしい車両を
見つけました。
ちゃんと「MEGA WEB車両」と書かれています。

ここまで、わかれば
「なるほど、トヨタ鞍ヶ池記念館にあった2000GTは今は
   MEGA WEBに収蔵されているんだね」

で終わるはずでした。
ところがパンフレットをさらに良く見ていると思わぬ文字が目に
飛び込んできました。

それはトヨタ2000GT MF12Lという文字。

「12」???

先にも書きましたがトヨタ2000GTの車両形式は「MF10」のはず。
「MF12L」ということは、あの幻の・・・
(MF12という車両形式については以前、雑誌で見て知っていた)

「鞍ヶ池の2000GT、実は2000GTではなかった?」

このなぞなぞのような話は・・・
※続きは後日。

このページのトップヘ