コルサの毎日がヒルクライム

2019年06月

6月上旬にも再入院かと思っていましたが治療スケジュールが変更になりました。また、現在は治療の合間でクスリの副作用もおさまっているので6月1日はセブンさんでドライブに行くことにしました。
 
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↑セブンさん、オイル交換を済ませたばかりで調子も上々?
(ホームセンターの安売りオイルを6カ月ごとに自宅で交換)
全体に低いものの、やはりオイルパンが一段低いことがわかります。買った時からオイルパンはへこんでいましたが自分も一度、路上に落ちていた角材を避けきれずオイルパンにぶつけたことがあります。
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↑弟子の希望もあって静かな海岸に行くことにしました。
地元の渥美半島(三河湾側)ですが・・・穴場の、あまり人が来ない海岸へ。
弟子の格好はセブンさんのクラムシェルフェンダーを表したポーズらしい(笑)
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↑とある漁港のベンチ。ここも漁業関係者以外、めったに訪れる人はいないので静か。
セブンさんのリヤには物入があり小さなクーラーボックスが無理やり積んであるので冷えた飲み物もあるのです。
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↑三河湾、風もほとんどなく長閑・・・弟子は、いつものように天真爛漫である(笑)
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↑リヤの黒いビニールのホックを外すと荷物が積めます。ここに小さなクーラーボックスを積んでいます。意外に実用的なのですよ!?(笑)

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↑この日は暑かったので、いつのもジェラート屋、バロックさんに。

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↑ちなみにこの日の昼食は田原市の「ないき」さんで「豚の角煮丼」をいただく。弟子にも好評でした。
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↑先にも書いた通り今日は静かなところがいいというので伊良湖岬の先端にはいかず「西の浜海浜の森」という知る人ぞ知る静かな公園に。堤防の向こうは、すぐに三河湾です。
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↑公園は貸し切り状態?セブンさんのフロント側、ベストアングル。もちろん個人の感想です?(笑)
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↑西の浜海浜の森には、何点かのアート作品もありますが・・・誰も来ないので弟子のおもちゃに?
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↑同じく、西の浜海浜の森には、古代の製塩遺跡もあります。
ここ、渥美半島から平城京などにも塩が税として納められていたのだそうです。
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↑弟子が見つけた製塩土器の破片。奈良時代の物と思われます。
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↑帰路につきます。旧道から国道を走る車を一気にまとめてまくる?いえいえ、冗談ですよ(笑)
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↑ここ一年ぐらいセブンさん、ずっと調子がいい。以前は、すぐ休みたがっていたタコメーターもずっと動いてる?(笑)
 
「弟子よ、明日はどこへ行く?」

※今頃アップしていますが連休後半のご報告です。
連休明けから入院治療が(入退院を繰り返すらしい)また始まりました。その為、また、しばらくは遠出が出来そうにないので連休後半は思い切って奈良に行ってきたというわけです。

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↑石上神宮を参拝し神宮の南側に広がる杣之内古墳群の代表的な古墳を散策しています。最後に訪れたのは峯塚古墳。
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↑竹林の中に石室が開口しています。早くから盗掘されており遺物は知られていないようですが石室の作りから古墳時代終末期、7世紀中頃の築造と考えられています。
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↑位置を変えてみると・・・竹林のせいで墳丘の形すらよくわかりません。資料によれば直径は約35.5m、高さは約5mで古墳時代終末期としては立派な古墳と言えるかと思います。
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↑石室入り口にもタケノコが・・・そのうち、竹のせいで入れなくなってしまうかもしれません。
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↑羨道の様子。
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↑玄室の石組。こうやってみると低いように見えますが玄室の高さは2.4mほどあります。
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↑↑、↑玄室側壁の石組。丁寧に加工された切り石が組み合わされていることがわかります。
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↑玄室から見た羨道。
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↑杣之内古墳群の周辺図。だいたいの位置はわかると思いますが古墳直前がわかりにくいので少しご説明しておきましょう。(近くにある保昌塚古墳の画像も最後にアップしておきます)
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↑道路脇にも、しっかりした案内板が出ています。
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↑周辺図を手掛かりに登っていくと六地蔵などがあります。お地蔵様の右わきを入っていきます。(画像の右端のあたりの草むらへ)
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↑するとイノシシ除けのフェンスが見えてきます。角のフェンスが開けることが出来るので、そこから入っていけば竹林の中に石室が開口しています。イノシシ除けのフェンスは、その都度、確実に閉めておいてください。
 
この古墳の被葬者は西山古墳など周辺の古墳と同じく物部氏ゆかりの人物、あるいは物部氏と関係の深い石上氏(いそのかみうじ)の墓ではないかという説もあります。

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↑峯塚古墳の近くにある保昌塚古墳もご紹介しておきます。道路脇に盛り上がりがあります。これが古墳です。
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↑築造年代はわかりません。もしかして石室が開口しているかも?と裏にも回ってみましたが石室らしきものは見当たりませんでした。

※GWの奈良行のご報告は、これで終わりです。約1カ月お付き合い有難うございました。

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