コルサの毎日がヒルクライム

2022年01月

1月29日(土)はお隣の豊川市、国分寺跡の発掘説明会に行ってきました。

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↑三河国分寺は東西南北180m四方の寺域を有していたそうで、とんでもなく広い。

以前、見に来た頃は奥の方は民家が立ち並んでいましたが史跡公園として整備する為、市は40年近くかけて民家民有地を買い取って来たそうで、現在は、このような広い状態になっています。
右手奥に樹木がはえている部分は塔跡。礎石などがあります。
そう言えば、あの辺りも何年か前には公民館?だったか建物があったはず。

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↑寺域、北西部の発掘説明会の様子。

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↑柱跡が沢山見えています。明確な大きな建物の様子は・・・?

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↑講堂の北側にあたる部分。僧房の跡を期待して発掘したらしいが建物の規模が小さく僧房ではないと判断したらしい。では、この敷地のどこに僧房があったのか?今後の発掘調査の結果が待たれる。

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↑寺域、北側、寺域東西の中央。講堂の裏手。遺構は井戸跡など。

そして画像、左右に人が歩く小道が現在もあります。

ここが、もしかしたら国分寺、往時から北側の出入り口に続く道だったかもしれないとのこと。

ここから東方には国分尼寺もあり位置的にも納得できるものの明確な北門の遺構は見つからなかったとのこと。

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↑北側の溝部と思われるところに混じる白っぽいもの。もしかしたら塀に塗られた、漆喰か?現在分析中とのこと。
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↑↑、↑北面廻廊跡を調査している区域。しかし、回廊基壇、屋根を支えていたような柱の礎石などは検出されなかったとのこと。

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↑今回の足には一番弟子のダホンを借りてきた。
女性専用サドルから男女兼用出来そうなサドルに変えてきたものの
結局、サドルが自分には合わなかった・・・(笑)
この後、周辺の遺跡を見に行こうと考えていたものの挫折。

2月23日は自転車競技チーム、天狗党の後輩で競輪選手だった松井英幸君の引退セレモニーが豊橋競輪場でありました。そこで、チームの仲間と行ってきました。
松井英幸選手は1983年デビュー、2021年末まで39年間(58歳)、競輪選手として活躍しました。最近では、この年齢まで競輪選手を続けられる人は、ほとんどいません。とても長く活躍した選手なのです。
競輪ファンなら知らない人はいない?息の長い選手ですが実は競輪選手以外の自転車競技でも大活躍した選手なのです。

松井英幸選手は世界選手権(プロスプリント種目)でメダルを3個も獲得しているのです。

1986年(アメリカ コロラドスプリングス)には中野浩一選手が世界選手権10連覇をかけて決勝で戦ったのが松井英幸選手なのです。
1987年(オーストリア ウィーン)、中野浩一選手が引退した翌年も前年に続き準優勝します。
1989年(フランス リヨン)には3位に入賞します。
そして1990年にはアジア初の自転車世界選手権が日本(ピスト競技は前橋)で開催されます。
ここでは、惜しくも表彰台を逃し4位にとどまりました。

とはいえ世界選手権で3度の表彰台は大変立派な成績だと思います。
その為、自転車界の愛称は「世界のマツイ」と呼ばれるようになりました。
競輪選手から引退しましたが、今後も何らかの形で競輪競技に関わっていけたら、と考えているようです。
これからも頑張ってほしいですね。
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ファンから贈られた花束を掲げて。
やけに太って見えるのは理由がありました・・・
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ヘルメットをステージおいて。
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太ってみえた理由はこれでした。
1~9番車のユニフォーム重ね着していて順に脱いでゆくパフォーマンス。
これで競輪選手引退です・・・
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1986年世界選手権で中野浩一選手と決勝で戦い銀メダルを獲得した
ツノダのピスト。
現在、私、コルサの手元にあります。
部品はコルサが乗っていた時に使っていた物で松井選手が世界戦で
使っていてものとは違います。
(今後、出来るだけ世界戦仕様に戻す予定)

最近、日常のトレーニングに使っているクレメン ストラーダLGGタイヤ((700×25C)の走行距離が4000キロを超えました。

このタイヤ、2017年に走行開始、3カ月ほどで2000キロを走行し(あの頃は元気だったんだなぁ)一旦、休止して他のタイヤを消費していました。

そして、2021年9月走行再開(4年も経ってしまった!?)、そして今年、2022年1月10日、通算走行距離4032キロになりました。

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↑↑、↑前輪での走行1980キロ、後輪での走行2052キロ、トータル走行距離4032キロの現在での前輪。

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↑↑、↑前輪での走行2052キロ、後輪での走行1980キロ、トータル走行距離4032キロの現在での後輪。

このまま、4500キロを超えるまで走って、その時点で前後ローテーション。トータル走行距離5000キロ超を目指したいと思います。
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↑タイヤサイドの傷みも目立ってきたので・・・やはり5000キロ超が目安でしょうか。

 サイクリング途中に見つけた古い4輪、2輪をご紹介していく、このシリーズ?今回は、VWタイプ1(ビートル)、VWタイプ3です。

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トレーニングルートで気になる車を発見しました。

自分のトレーニングコースは豊橋市でも田舎、さらに車が少ないマイナーなルートなのですが・・・

今回はVWタイプ1(ビートル)、VWタイプ3が二台並んで置かれているのを見つけました。


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ナンバーは画像処理で消してありますが・・・実際は二台ともナンバーが付いています。

まあ、左に見えるタイプ3はキレイに仕上げられているようでナンバーが付いていても、おかしくありませんが右に見えるタイプ1(ビートル)はナンバーは付いているものの生きているのか?どうかわかりません。

ただ、なかなかシブい改造が施されている様子。
最近姿が見えないので、もしかしたら仕上げにかかっているのかもしれません。
手放したという線も考えられなくはありませんが。

 

しかし、ここでの話はそれだけではなかったのです。

右手に見える作業小屋(小屋というには大きく立派ですが)の入り口が右手にあるのですが、ある日、前を通ってみると中に黄色がまぶしいピカピカのコルベットスティングレーが置かれていたのです。スゲ~(笑)

詳しくはないし倉庫の奥にあったのを一瞬横目で見ただけなので、よくわかりませんが6代目ぐらいのモデルにみえました。

2021年末、久しぶりに豊橋の道の駅に寄ったところ花売り場に、
こんなクルマが!

これは・・・ホンダ TN-360ではないですか?懐かしい。

調べてみるとTN-360でも最初のモデルで1967年から1969年頃
販売されていたモデルのようです。

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やれ具合が、いい雰囲気を出しています。
50年以上経つと考えると・・・とても状態は良いかと思います。
まして商用車ということを考えれば奇跡の状態と言っても良いかと。

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