↑9月5日はK隊員と自宅からポタリングに行きました。豊橋市大崎地区から柳生運河をさかのぼり牟呂地区を散策です。画像は柳生運河左岸から下流側を見たところ。
↑牟呂町市場地区。この辺りはかつて市場港と言われる港があったといわれています。中央の森は市杵嶋神社になります。
↑市杵嶋神社の境内には縄文時代の貝塚が広がり、その貝塚に前方後方墳(全長約60m)が造られ(3世紀)、更に、その上に社殿が建てられています。
↑市杵嶋神社を社殿裏側から見たところ。画像ではわかりませんが古墳の一部が貝殻で白く光って見えています。
↑市杵嶋神社の後方の住宅地の中を探すと大塚天王社があります。ここは、もともと牟呂大塚古墳と言う7世紀の前方後円墳(全長27.5m)だったのだそうです。
↑周辺より高い位置に天王社が建てられていますが、この高まりは古墳の名残なのかもしれません。この高まり以外に古墳を偲ばせるものは見られませんが、かつての発掘により太刀、馬具など優れた出土品があったようです。(出土品の一部は東京国立博物館所蔵とのこと)
↑↑、↑牟呂用水をさかのぼっていくと大西貝塚の痕跡が墓地周辺にみられます。大西貝塚は縄文時代後期から江戸時代の貝塚で東海地方最大の貝塚と言われています。現在、三河湾で見られないハマグリなどの貝も多数見つかります。
↑↑、↑更に牟呂用水をさかのぼっていくとレンガの水門跡がありました。これは愛知県内第一号の水力発電所なのだそうです。明治28年に完成し明治40年まで電力を供給していましたが当時はまだ一般家庭の電気需要はほとんどなく官公庁、歩兵第十八聯隊(現在の豊橋公園に駐屯地があった)に供給されていたそうです。
この後は牟呂用水を豊橋駅周辺までさかのぼりましたが・・・思った以上に暑い為、戻ることにしました。走行距離26キロ程度ですが、なかなか面白い歴史散歩コースでした。
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