コルサの毎日がヒルクライム

カテゴリ: サイクリング

6月20日は弟子が瀬戸の陶磁器資料館に用事があるという。用事は昼までらしいので、そのあと合流してサイクリングに行くことに。

コースは弟子をロードレーサーに慣れさせるために(まだ、ロードレーサーは数回しか乗っていない)昭和の森から交通量の少ない矢作川の川沿いの道を走ることにしました。

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↑昭和の森の北にある最初の小峠。弟子に遅れをとる・・・

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↑笹戸地区にて。やはり梅雨時のせいか水量は多い様子。

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↑アユのシーズンですが・・・覗き込んでも魚影は見えず。

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↑折り返し地点の小渡地区にて河原に降りて休憩。

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↑今回、私はリッチー スイスクロス(最近、こればっかり?)、弟子はメリダ スクルトゥーラ400

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↑帰路、何度も前を通りながら気が付かなかった水汲遺跡(みずくみいせき)に初めて立ち寄る。

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↑↑、↑環状配石遺構など、なかなか興味深い遺跡でした。

前半、飛ばしに飛ばして私をちぎっていった弟子ですが後半は急に疲れが出たようで最後の峠では無口になっていました。まだまだペース配分がわかっていないようです。でも今の私より早いのは間違いない(泣)

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↑次の古墳を探しに行きます。後方に見えるのは湖西連峰、本坂峠方面です。本坂峠に向かう姫街道(現国道362号線)は画像、右手を走っています。

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↑嵩山の集落近くの森にあるという角庵2号墳を探します。森の入り口付近に自転車を置いていきます。

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↑森の細道の左手にあるらしいのですが・・・

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↑あちゃ~、わかりませんね~(笑)

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↑回り込んで、やっと見つけました。羨道部分は失われているようですが玄室は問題なく残っているようです。

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↑かなり土砂で埋まっているようですが、これだけ開口部があれば入るのに問題はなさそうです。

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↑ヘルメット着用(自転車用ヘルメット)で石室を観察する弟子。ライトも、もちろん自転車用(笑)

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↑奥壁はふつう大きな岩を1枚、あるいは2枚くらいで構成していることが周辺の古墳では多いのですが、ここの古墳は小型の岩を積み上げています。(中央一番上は天井石)

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↑天井の様子。ここの古墳の石材は石灰岩ではないようで石材も石組もなにか荒々しい印象を受けます。

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↑玄室奥から羨道側を見ています。両袖式の玄室だということがわかります。

 

久々の弟子との古墳探索サイクリング、とても楽しかったのですが本日はこれにて終了。午前中に単独であたりをつけておいた古墳が3基ほどありますし周辺には古墳群がいくつかあるのはわかっていますので、また機会を作って行きたいものだと思います。
ただ、これからは・・・草も伸びるし虫も出てきますからねぇ(笑)

こんな、ご時世なので弟子とのサイクリングも自粛していました。コロナ騒動も少し落ち着いてきたので久しぶりに弟子と古墳探索サイクリングに行くことにしました。

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↑さて到着が遅くなっていた弟子ともようやく合流。二人で古墳探索に走ります。手前は弟子のメリダ。タイヤをグラベルキングの28Cに交換してあるので多少の未舗装路も大丈夫。私はモールトンTSRです。

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↑豊橋市嵩山町奈木集落の西側にある八幡社に到着。神社の境内、裏山には15基ほどの古墳(瀬戸古墳群)があったそうですが・・・古墳探索の前に社前の階段で、お昼ご飯(笑)

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↑瀬戸古墳群は15基の古墳が確認されているようですが、あまり良い状態ではないそうです(ほとんどが石材を抜かれてしまっているらしい)状態の悪い古墳の中で3号墳が、かろうじて半壊状態の石室が観察できるとのこと。社殿に西側にあるらしいので探索します・・・林の中に盛り上がったところがあります。これが墳丘でしょうか?

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↑弟子が南側に回り込んでみると石室らしき石材が見えるとのこと。画像ではわかりにくいのですが弟子の左にも石が見えています。この石も、もともとは石室を構成していた石材かもしれません。

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↑枝葉の陰に、かろうじて石材が見えました。

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↑近づいてみると、こんな状態。奥は光が見える通り、天井石も失われています。かろうじて天井石が一枚残っている様子。これでも、この瀬戸古墳群では一番状態が良いらしい・・・

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↑瀬戸古墳群はこれで終わりにして次の古墳を探すことにします。こんな道でもグラベルキング28Cですから初心者でもなんとか走れます(笑)

こんな、ご時世なので弟子とのサイクリングも自粛していました。コロナ騒動も少し落ち着いてきたので久しぶりに弟子と古墳探索サイクリングに行くことにしました。ただ、弟子は職場の関係で到着が昼頃になるとのこと。それならばと午前中は単独で古墳探索に行くことにします。

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↑先ほどは馬越北山古墳群の中でも見つけにくい馬越北山11号墳を探しましたが今度は道沿いにあって、最も見つけやすい?宮西古墳。古墳時代後期の円墳で現状12m程度の円墳とのことですが道路工事の際に3mほど削られているそうです。ここは、もちろん何度も来たことがありますが改めて見学。

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↑柵越しに石室を撮影します。

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↑結局、石室内部に入ってしまいました。玄室奥壁は2段の岩によって形成されて天井石に続いています。

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2段積まれた奥壁の岩から天井石に続く様子。

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↑入り口から見た玄室、右手の石組。

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↑同じく入り口側から見た玄室、左手の石組。

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↑玄室から羨道側を見たところ。両袖式の玄室であることがわかります。ここの古墳も石灰岩が多く使われているように見えます。

 

さて、弟子との待ち合わせまでには、まだ時間があります。そこで周辺の古墳の位置を3基ほど調べることにしました(周辺にはたくさんの古墳があるはずですが石室を見学できることを条件に3基ピックアップして)。
迷いながらも3基とも場所は、ほぼ特定できましたが・・・いずれ、弟子と一緒に来ることにして見学はやめておきました(笑)

こんな、ご時世なので弟子とのサイクリングも自粛していましたがコロナ騒動も少し落ち着いてきたので久しぶりに弟子と古墳探索サイクリングに行くことにしました。
ただ、弟子は職場の関係で到着が昼頃になるとのこと。それならばと午前中は単独で古墳探索に行くことにしました。

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↑まずは豊橋市北東部、石巻本町にある馬越北山古墳群のなかの古墳。見事な石室を持つものの場所がとても分かりにくいという馬越北山11号墳を探しに行きます。
手掛かりは馬越地区の集会場から東100mほどのところにある法連寺さん。このお寺の墓地の裏にある竹藪の中にあるそうです。

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↑荒れた竹藪に分け入ってさまようこと数分、墳丘らしき場所を見つけました(中央奥の方)

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↑石室入り口を見つけましたが(画像中央奥に石室が開口しているのですが)・・・見てのとおり竹がびっしりと生えていて、とても通り抜けられそうもありません。

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↑墳丘によじ登り、こちらから侵入を試みます。

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↑なんとか入り口に降り立つと、かなり土砂が流入しているようですが見事な石組が現れました。

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↑入り口側から見た羨道、左側

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↑入り口側から見た羨道、右側

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↑玄室奥壁には見事で綺麗な一枚岩が使われていました。

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↑天井石も綺麗な岩が積まれていました。この古墳の石材は石灰岩が多いようです。

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↑玄室から羨道側(玄門部)を見たところ。両袖式の玄室です。

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↑コウモリさんや、カマドウマさんたちもたくさんいました(笑)

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↑羨道部から外を見たところ。まるで牢屋の格子のように(牢屋には入ったことないけど)立ちはだかる青竹。

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↑墳丘を北東側から見たところ。墳丘が左側で右側が山の斜面。右からの斜面を切り崩して尾根先端を残し古墳を形作ったように見えます。

苦労しましたが順調に見つけることが出来、幸先の良いスタートです。見事な石室、弟子が大好きな?コウモリ、カマドウマ達、弟子を連れていけなかったのが残念です。(また、そのうち案内してやることにしましょう)

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