コルサの毎日がヒルクライム

カテゴリ: 考古学 歴史

あちこち大雨で被害が出ていますが幸い中部地方はそれほどの被害もなく、そのうえ12日は好天に恵まれたので(気が引けるけど)・・・古墳探索サイクリングに出かけることにしました。

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↑豊田市の昭和の森に車を停めて自転車を下ろしサイクリングスタート。

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↑少しはロードレーサーに慣れたかと思いましたが、まだ変速にまごついています。右左、大小どちらのどのレバーを操作すれば自分の希望するギヤ比になるかまだ理解出来ていないようで・・・(笑)

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↑古墳探索の前に「お昼」にしようと古墳近くの高台に登ってみました。ここはマレットゴルフ場の施設で東屋、ベンチもあり何より風通しが良くて気持ちが良い。さらに景色も最高でした。間抜けにも画像から切れていますが左手には猿投山も見えています。たまたま、山歩きの休憩にみえたご夫婦にも山や山野草のお話を聞かせていただき、とても楽しいひと時。

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↑自転車を置いて古墳見学。古墳の説明板が見えていますが古墳は、ここから少し登ったところ。初めて来たときは、石室が開口していることも知らず説明板の周辺の石材が石室の石かと思い、うっかり見逃すところでした。

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↑藤山1号墳については説明をお読みください()

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↑説明板のところから少し登った反対側に見事な横穴式石室が口を開けています。

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↑説明板にもあったとおり石室天井高2.7mと立派な古墳です。

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↑巨大な岩に若干の岩を積んで奥壁とし天井石へとつながっています。

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↑両袖式の石室ですね。

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↑羨道側から右手の石組。

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↑同じく羨道側から左手の石組。
初めて、ここに来た弟子は見事な石室に感動したようです。私は以前にも来たことがありましたが・・・やはり石室の立派さには改めて驚きました。

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↑余談ながら・・・古墳周辺にたくさん生えていたキノコ。直径20センチ以上の物も多数。これってなんていうキノコなんでしょうか?さすがに食べられないですよね?()

※それでは、次の古墳まで走りましょう。つづく。

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↑↑、↑前回は西尾市資料館に行く前に古墳探ししたことをお伝えしましたが実は行った後にも古墳探しをしました(笑)場所は西尾市の北東端、西尾市上羽角町。デンソー西尾工場の北の山の中と言った方がわかりやすいかもしれません。ここにある最明寺をスタート地点として古墳探索です。

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↑お寺の境内の北側から「四国八十八箇所巡り」の順路が山の中に広がっていて、その途中に古墳があったりするようです。

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↑↑↑、↑↑、↑「四国八十八箇所巡り」の石仏堂に利用されている古墳が一基あるそうですが・・・1番、2番、3番・・・どれも古墳の石室を改変しているのではないかと思えてきます。少なくとも古墳の石材は利用しているかも。

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↑意外や登りがいがあり長い山道で・・・一周したのですが古墳群、石仏堂に改変されている石室がわかりませんでした。私は資料を調べて出直しを提案しましたが弟子は、もう一回、まわると言い張ります。私は仕方なく後を追うことに(笑)

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↑尾根筋にあたる平坦部?を調べていた弟子が見つけた高まり。古墳と言うよりは石材を寄せ集めたようにも見えますが。

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↑石室か羨道らしい石組があります。高まりの中心にないこと、規模がとても小さいことなど少し疑問もありますが古墳の一部のように見えます・・・

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↑石室が開口している古墳が一基あるらしいので周辺を探すのですが見つかりません。画像は中央が大きく窪んだ高まり。盗掘され石材が抜かれた古墳の一つだと思われますが・・・

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↑古墳らしき高まりがいくつかあった尾根筋の平坦部に近いところにあった石仏堂。側面はブロックなどが使われているので古墳の石室そのものではありませんが他と比べて奥行きが深いこと、天井石が立派なことから古墳の石室を改変したものではないかと思うのですが・・・

 

残念ながら今回の古墳探索は確証を持てる古墳を探し出すことが出来ませんでした。羽角山古墳群 (弘法山支群)については再調査が必要のようです・・・

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↑前回、ご報告した西尾市資料館に行く前に岡崎市にある太夫塚古墳を探しました。まわりを住宅地に囲まれた、この森が怪しい・・・

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↑「説明版があります!!」フェンスの奥に説明版があるようです。「よく気が付いた!えらい!」とほめたくなるレベルですよね。とても見つけにくい・・・草木は後から生えたとしても、なんでフェンスの中に説明板を立てたのでしょう。もしかしたら、もともとフェンスはない頃に説明板が建てられ後でフェンスが造られたのかもしれません。

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↑フェンスの網目や草木の間からのぞくと説明版が見えました。説明版によると太夫塚古墳は直径36mほどの円墳で周濠も含むと40mほど。円墳としては県内でも大きなものだそうです。古墳の築造は古墳時代中期(5世紀後半)と考えられているそうです。

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↑説明板があった反対側に行ってみました。住宅地でなければ突入したいところですが・・・あきらめます(笑)

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↑実は太夫塚古墳を探している時に発掘現場に遭遇しました。太夫塚古墳からすぐ北側にあたります。西ノ切1号墳と書かれています。

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↑周辺が大規模に開発されており、その一環として発掘調査されているようです。ただ、西ノ切1号墳とは書かれていますが、調査地域は、すでにまっ平です。①もともと古墳があったことはわかっていたけど早くに現状をとどめていなかったのか?②そこそこの形は残っていたのが調査もだいたい終わって削平されてしまったのか?いずれにしても記録だけが残る、かわいそうな古墳ですね。

6月21日は西尾市資料館に行ってきました。西尾市資料館では現在、「にしおのいせき2020」展が開催されているのです。

西尾市資料館⇒ https://www.city.nishio.aichi.jp/index.cfm/8,3130,94,530,html

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↑↑、↑西尾市資料館は、かつての西尾城にあり緑も多くとても良いところでした。

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↑天守閣から西尾城下を眺める。

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↑↑↑、↑↑、↑西尾市資料館は無料で見学できます。コンパクトな展示ですが旧石器から古墳時代まで興味深い展示でした。

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↑↑↑↑、↑↑↑、↑↑、↑中でも興味を引いたもの・・・注口土器、縄文土器、パレススタイル壺、馬具+金メッキされた耳環など


この展示は9月22日(無料)まで行われていますので、ご興味ある方はぜひ。西尾城見学、西尾市の遺跡探索などと組み合わせるとより楽しめるかと思います。(資料館で「西尾の遺跡ガイド」などパンフレットも販売されています)
実は私たちも資料館だけではなく周辺の遺跡見学と組み合わせて出かけました(笑)

前回書いた通り、弟子が愛知県陶磁美術館に用事があったのでドライブがてら迎えに行きました。少し早く着いたので場内を見学することに。と言っても待ち時間はそれほどなかったので屋外の無料の展示(古窯館)を見学しました。

愛知県陶磁美術館⇒ https://www.pref.aichi.jp/touji/about/introduction.html

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↑↑、↑古窯館は大小二つの建物が並んで建っていて敷地内から発掘された平安時代から鎌倉時代(11~14世紀)の窯を保存展示しています。画像は大きな建物の内部。4基の窯跡が残されています。

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↑小さな建物には一基の穴窯。こちらは12世紀初め頃の物だそうです。分焔柱(ぶんえんちゅう)が残っていますね。

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↑↑、↑古窯館の近くの屋外(屋根付き)には私の地元、豊橋市、市道遺跡(いちみちいせき)から移築された市道1号窯が展示されています。こちらは瓦を専用に焼く窯(瓦専焼窯)でロストル式平窯と呼ばれ9~10世紀頃のものだそうです。

 

今回、見たように瀬戸はもちろん、愛知県、岐阜県各地などには多くの古窯跡があります。私の住む豊橋市や隣接する田原市の渥美半島(古窯跡は東の湖西市も連なる)にも5世紀から13世紀頃までの多くの古窯跡があります。愛知県陶磁美術館には、これらで焼かれた多くの中世陶器も所蔵、展示されていますが、また時間のある時に、ゆっくりと見学することにします()

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