コルサの毎日がヒルクライム

カテゴリ: 豊橋鉄道 田口線

「田口線 南側のトンネル群 その2」というタイトルになっていますが
トンネル群はその1の部分でほとんどご紹介してしまいました。

その2では大草トンネル、三河大草駅周辺と大井川橋梁を中心に、ご報告します。


※ここから下最初の画像までは、その1と同じ文章です。



2008年1月から数度にわたって訪ねた豊橋鉄道 田口線の廃線跡も今回で、ほぼ9割がた踏破(走破)したのではないかと思います。
そこで過去の記事をまとめて「豊橋鉄道 田口線」の書庫を作りましたので、ご興味のある方はどうぞ。

今回は鳳来寺駅の南側にあった、傘川橋梁から大井川橋梁の間の様子を、ご紹介します。
ただし、探索した地区から順番に、ご報告しますので北からとか南からとかの路線順にはなっていません。
その為、混乱しやすいかと思いますが実際、橋梁が既になかったり築堤が切り崩されたりしていますので
路線通りには歩けないので、訪ねた順のほうが実際に訪ねる時の参考になりやすいのでは?と判断し探索順に書いていますのでご了承ください。

参考の為、今回の区間を路線順に北から南に書き出しておきます。
①鳳来寺駅
②万寿隧道(両方の入口とも封鎖されているとの事)
③傘川橋梁(撤去されていて渡れません)
④峰第4隧道
⑤峰第3隧道
⑥築堤(黒谷地区の北 道路の為、切り崩されていて渡れません)
⑦峰第2隧道
⑧峰隧道(内部に扉部分、2ヶ所あり)
⑨築堤(広場のように広い。多分、近年広げられた)
⑩富保隧道
⑪築堤(立派な築堤、当時より、やや広めか?)
⑫大草隧道
⑬三河大草駅
⑭築堤(富保地区? 道路の為、切り崩されていて渡れません)
⑮大井川橋梁(撤去されていて渡れません)
⑯内金隧道(現在も道路として利用されています)
⑰本長篠駅



「田口線 南側のトンネル群 その1」からの続きです。

今回の探索目的区間の北側、傘川橋梁まで辿り付きましたので今度は富保隧道から
南側を調べることにします。

傘川橋梁川から県道32号線を一気に自転車で下ります。
このへんは歩きより便利なところですね。

さて、本日最初に行った廃線跡、富保トンネルに戻りました。



イメージ 1

今度は富保隧道の南側を調べます。

画像は富保隧道を背に北側から大草隧道を見たところ。
資材置き場+作業場になっているようです。

ここの築堤は線路跡としてはやや広いような気もしますが?



イメージ 2

大草隧道を通り、南側から見たところ。



イメージ 3

大草隧道を抜けるとすぐに三河大草駅の跡があります。

ホームの裏手はすぐに崖(杉林)になっています。



イメージ 4

ホームから南側を見たところ。

右手が線路跡、左手の細い道が集落への道となります。

集落への道と言っても山林の中の細道です。



イメージ 5

三河大草駅ホームを南側から見たところ。

大草隧道が見えています。

この駅は無人駅だったようです。
画像の通り、駅舎などを作る場所は、ありませんし集落からも遠く
利用者もあまりいなかったのでしょうね。



イメージ 6

三河大草駅から南に向かうと、かなり荒れたところもあります。

山仕事に入る人が使っている形跡はありましたが最近はほとんど
山に入る人もいないのかもしれません。



イメージ 7

どんどん南下していくと、線路跡がなくなってしまいました。

ここもかつては築堤があったはずですが、崖下に広場?と道路が見えます。
ここも築堤が切り崩されてしまったようで降りるには大変そうにみえます。
自転車は駅の跡に置いてきていますので戻ることにします。



イメージ 8

県道を自転車で走って先ほど築堤の上から見えたところを探します。

すると、大きなコンクリートの構造物が見えました。
この構造物は鉄道施設の一部のようです。
ここを登ったところが先ほどの築堤の切れたところでした。



イメージ 9

築堤の跡から南側に登っていく小道がありました。
登りきると線路跡に出ます。

どんどん進んでいくと、こんなところがあったり。



イメージ 10

更に進んでいくと崩壊して線路跡がほとんど埋め尽くされているようなところもあります。



イメージ 11

このへんは、かなり崩壊していますから、
これから尋ねようという方は十分、注意して進んでください。



イメージ 12

そして、やっと大井川橋梁までたどり着きました。

下に見える道路は県道32号線になります。
右手が本長篠駅方面になります。



イメージ 13

大井川橋梁を県道32号線から見たところ。

これは北側から見ています。



イメージ 14

大井川橋梁を県道32号線から見たところ。

これは南側から見ています。



イメージ 15

さて、ここまできたら大井川橋梁の南側も確認したくなります。
でも、南側の入口を昨年確認したところ、凄い状態だったんですが・・・。

で、行ってみると今年も凄い状態でした(笑)

ここが線路跡で、この画像の、やや左寄りのヤブの先が大井川橋梁の南側になるはずです。



イメージ 16

ヤブを何とか突破すれば、良い?状態の線路跡でした。



イメージ 17

すぐに大井川橋梁の南側に到着です。

でも木が茂り、ほとんど何も見えません。
かなり傾斜がきついので足元には要注意です。

画像の左、上の部分にわずかに「3個の碍子」が見えているのがお分かりになりますか?
その向こうに少しだけ大井川橋梁が見えました。





さて、ここから南には内金隧道や飯田線との分岐跡などがあります。
その画像は以前の記事でご紹介していますので今回はここまでとします。



廃線から約40年、かなり荒れていて危険なところも多数あります。
これから訪ねてみようという方は一人ではなく複数で行かれることをお勧めします。
季節的には草が枯れる冬場が良いでしょう。
冬場ならヘビやヒル、虫の心配もほとんどありませんから。

2008年1月から数度にわたって訪ねた豊橋鉄道 田口線の廃線跡も今回で、
ほぼ9割がた踏破(走破)したのではないかと思います。

そこで過去の記事をまとめて「豊橋鉄道 田口線」の書庫を作りましたので、
ご興味のある方はどうぞ。


さて、今回は鳳来寺駅の南側にあった、傘川橋梁から大井川橋梁の間の様子を、ご紹介します。
ただし、探索した地区から順番に、ご報告しますので北からとか南からとかの
路線順にはなっていません。

その為、混乱しやすいかと思いますが実際、橋梁が既になかったり築堤が切り崩されたりしていますので
路線通りには歩けないので、訪ねた順のほうが実際に訪ねる時の参考になりやすいのでは?と
判断し探索順に書いていますのでご了承ください。



参考の為、今回の区間を路線順に北から南に書き出しておきます。
①鳳来寺駅
②万寿隧道(両方の入口とも封鎖されているとの事)
③傘川橋梁(撤去されていて渡れません)
④峰第4隧道
⑤峰第3隧道
⑥築堤(黒谷地区の北 道路の為、切り崩されていて渡れません)
⑦峰第2隧道
⑧峰隧道(内部に扉部分、2ヶ所あり)
⑨築堤(広場のように広い。多分、近年広げられた)
⑩富保隧道
⑪築堤(立派な築堤、当時より、やや広めか?)
⑫大草隧道
⑬三河大草駅(停留所)
⑭築堤(富保地区? 道路の為、切り崩されていて渡れません)
⑮大井川橋梁(撤去されていて渡れません)
⑯内金隧道(現在も道路として利用されています)
⑰本長篠駅



今回は本長篠駅方面から県道32号線を北上し大草のバス停を過ぎた所から
西側の道に入っていき廃線跡を探します。



イメージ 1

立派な築堤が見えてきました。
どうやら廃線跡のようです。



イメージ 2

築堤にたどり着くと、ここから両側にトンネルが見えます。
まずは、築堤から北側の富保隧道から廃線跡をたどることにしました。

画面の右側が県道32号線側です。ガードレール沿いに登ってきました。
富保隧道を南側から見たところです。



イメージ 3

富保隧道を抜け富保隧道を北側から見たところです。

ここから振り返ると、すぐに峰隧道が見えます。
この両トンネルの間は築堤になっているのですが、広場のように幅が広くなっています。
これは鉄道施設(築堤)にプラスして後年に広げられたもののようです。



イメージ 4

峰隧道を南側から見たところ。

内部に扉のようなものが見えます。
これは手前と奥に2ヶ所あり倉庫として利用した時に作られた物のようです。
幸い、最近は使われていないようで開けっ放しでしたので通していただきました。

ただ、トンネルの外で画像を撮っていると「ギギィー」と軋む音や「バーン」と
大きな音がトンネル内部から響いてきて不気味でした。
もちろん、音の原因はこの扉が風に煽られて、たてる音なのですが
気の弱い人は一人では無理かも(笑)



イメージ 5

峰隧道、内部から北側の峰第二隧道を見たところ。

かなり崩落しています。



イメージ 6

峰第二隧道の南側。



イメージ 7

峰第二隧道を北側から見たところ。



イメージ 8

峰第二隧道を出ると樹木が生い茂っています。
そして、線路跡が途切れてしまいました。
ここには当時、築堤があったはずですが・・・・



後で判った事ですが、ここは黒谷地区から道路が作られ築堤は、その工事の際に
削り取られた場所でした。

ここからは歩いて降りるのも難しそうです。私は自転車もありますから、ここから一旦、
富保隧道まで戻り集落内を通って先のルートを探すことにします。



イメージ 9

富保隧道から集落におりて黒谷地区から廃線跡を探します。
ここは、昨年も一度探したのですが、その時は線路跡を見つけられませんでした。


今回は偶然、地元の、おじいさんが通りがかり聞いてみて廃線跡がわかりました。
登ってくる時には気が付かなかったのですが、振り返れば築堤だと言うことに気が付きます。

画面向かって右側が南側、本長篠駅方面になります。
この右手の上の方が、先ほどの峰第二隧道の北側で築堤が途切れていたところになります。


先ほども書いたとおり、おじいさんの話によると、ここは築堤だったそうですが、
その後、道路工事の際に切り崩され今の状態になったそうです。

線路の跡地は現在、市の土地だそうですが予算がなく整備も行き届かない状態で
最近では荒れ放題で山仕事の車も入れなくなったと嘆いていました。

画像の左の方に登って行けるように築堤に沿って道が作られています。




イメージ 10

築堤に上がってみました。

築堤から南側を望みます。
先ほど峰第二隧道を出た所で道がなかったところから、ここに築堤で、つながっていました。



イメージ 11

築堤から振り返って北側を望むと深い切り通しになっています。
トンネルにしたほうが良かったような気がしますが・・・・

峰第三隧道の入口が見えています。



イメージ 12

峰第三隧道を南側から見たところ。



イメージ 13

峰第三隧道を北側から見ています。



イメージ 14

峰第四隧道を南側から見たところ。

少し入口付近が崩れています。



イメージ 15

峰第四隧道を出ると、すぐに傘川橋梁に出ました。

ここは荒れ放題で樹木が茂っていますから県道を望むところまで進むのは大変です。
足を踏み外すと危険ですから十分注意して進んでください。

橋梁のぎりぎりまで進むと県道32号線が下に見えます。



イメージ 16

傘川橋梁から北側の斜面は何とか降りて県道32号線に出る事が出来ます。

歩きならば、ここを降りて先を目指す事が出来ますが私は自転車がありますから

また、もときた方向に折り返します。



イメージ 17

峰第四隧道を北側から見たところ。


さて、傘川橋梁の南側までたどり着きましたので次に傘川橋梁の北側の様子をご報告しますが、
この後の画像4枚は昨年1月のものです。



イメージ 18

鳳来寺駅を出たあと、万寿隧道を抜け現在の消防署のある裏手を田口線は走っていたそうです。

万寿隧道は両方の出口を封鎖されているとのことです。
残念ながら私は封鎖されている両方の出口跡は、まだ見つけていません。

消防署の南側の線路跡と思われる所も、このような状態で歩くこともままなりません。



イメージ 19

しかたなく県道32号線を下ると先ほど線路跡からたどり着いた
傘川橋梁の南側跡を見つけました。



イメージ 20

傘川橋梁の南側をもとに反対側を探すと急な斜面の林に踏み跡を見つけました。
かなり険しいその踏み跡を登っていくと線路跡に登る事が出来ました。

画像の奥が傘川橋梁の有ったところです。

傘川橋梁を北側から見ているところになります。



イメージ 21

傘川橋梁の北側から南側を見たところ。

この画像からも傘川橋梁の南側がかなり荒れている事がお分かりになると思います。



次回に続きます。

今日の夜は、
あちこち忙しいのですが昼間はあいています。

でも、行きたいところもあるし、のんびりしたい気もするが・・・
えーい、走りに行くか(笑)



イメージ 1

目指したのは一年ほど前、何度か訪ねた田口線の廃線跡。
まだ一部、行っていない所があったのです。
その区間を走る(歩く)ことにしました。



イメージ 2

早速、記事をアップしたいところですが、これから出掛けなければなりませんので
詳細は後日まとめてアップしたいと思います。



イメージ 3

走行距離は50キロ弱でたいした事はなかったのですが・・・
歩き区間は、かなり多く行動時間は約5時間~、
疲れました(笑)

(その1からの続き)


イメージ 1

「(第1)清崎トンネル」から南下していくと、順調に「第2清崎トンネル」につきます。
道はしっかりしていますので、ここまでなら自動車でも来る事が出来るでしょう。
「第2清崎トンネル」の内部は、両側入口から流れ込んだ土砂でが
完全に覆われていますが反対側まで歩く事が出来ます。
先に田峰駅側から崩落しているのを確認していますので自転車は、ここに置いて行きます。


イメージ 2

「清崎第2トンネル」の南側を内部から見た様子です。
両側の入口から土砂がトンネル内部に流れ込んでいます。


イメージ 3

同じく「清崎第2トンネル」の南側を外から見たところです。
外側で大きく崩れていて内部から見る様子より、かなりひどいことになっています。
崩落、樹木の繁茂で、もう少し時間がたてば出入り出来なくなりそうな勢いです。
2月初めで、この様子ですから春以降に、ここを訪ねるのは、かなり厳しいでしょう。

この部分は対岸の国道からも見る事が出来ます。


イメージ 4

清崎第2トンネルの南に、この区間、北から一番目の鉄橋があります。
ここは、平均台よろしく渡っていくのは怖いのですが、
幸い山側から迂回していく事が出来ます。


イメージ 5

鉄橋の横をよく見ると、こんな銘板がありました。
「大阪鉄工所 昭和5年」の文字が読めます。
これと同じ銘板が他の鉄橋でも見られました。
この区間は昭和何年に開通したんでしたっけ?
大阪鉄工所って、大阪の会社ですよね(多分)
それにしても、この鉄橋、地元、中京地区の製造ではなく大阪製だったんですね。


イメージ 6

この区間、北から二番目の鉄橋です。
小さな鉄橋ですが谷が深く立派な石垣が組まれています。
ここも山側から迂回できますので、こんな画像が取れました。
帰りは思い切って橋を渡ってみましたが、結構、高いので怖かった(笑)


イメージ 7

第3清崎トンネルの北側です。
かなり長いトンネルですが(田口線3番目?)内部は、まっすぐなので
反対側の入口が見えています。
実は、ここまで、来る事が出来るとは考えていなかったのでライトを自転車に
おいてきてしまいました。
恐る恐る、地面を足で探って入っていきます。


イメージ 8

第3清崎トンネル北側は土砂に覆われた第2トンネルなどと違って
当時の様子が良く残っています。
画像では判りにくいかも知れませんが枕木があった痕跡が残っています。


イメージ 9

第3清崎トンネルの南側です。
トンネル中央から南側は一部、崩落している所があります。
ライト無し、単独でここまで来るのは正直、かなり怖かったです(笑)
まあ、ライトがあっても一人では怖かったでしょうね。

(ここに限らず、危険箇所が多いので十分注意してくださいね)


イメージ 10

第3清崎トンネルを出ると、すぐに北から三番目の鉄橋があります。
ここは山側から迂回するのは難しいと思います。
思い切って橋を渡って先に進みます(谷も深くかなり怖いです)。

ちなみに長い橋と短い橋では鋼材のサイズが違っていました。
手のひらで測ると、広い方で幅20センチぐらいです。


イメージ 11

まもなく崩落現場に着きました。
この画像は、カメラを斜めにして撮ったのではありません。
水平に構えて撮った画像です。
右の大きな木を見てください。
崩落して長いのか、木が生えていた地盤ごと崩落してきたのでしょうか。
もしかして、廃線直前に崩落した場所というのは、ここなのでしょうか?

ここを渡る事が出来れば田峰駅側に抜ける事が出来ますが
今回は自転車がありますから、あきらめて国道に戻ります。
国道に戻り南下して前回走れなかった次のポイントに向かいます。


イメージ 12

さて、田峰駅跡から一気に南下してきました。

三河海老駅と玖老瀬駅の間に小さな「三河大石駅」があったそうです。
現在の、大石バス停の、このあたりでしょうか?

ここから少し北側の旧街道?には「大石停留所道」と彫られた道標があります。
それと関連していると思われる道標が画像の左端に見えます。
この道標には(山寺三十三箇所霊場?)と(昭和四年)の文字が読み取れました
「大石停留所道」とは田口線の駅を表しているのでしょうか?


イメージ 13

玖老瀬駅のあった玖老瀬の街を南に抜けると大栗平のバス停があります。
このバス停の左側が線路跡になります。
画像奥で線路跡が県道の下をくぐっていきます。
ここから線路跡を更に南下していきます。


イメージ 14

県道を、くぐると築堤があります。さらに進むと、こんな深い切り通しがありました。
廃線後40年もたち、また、こんなに急な切り通しですが落石はほとんど
見られないほどしっかりしています。


イメージ 15

麹坂トンネルの北側にたどり着きました。
以前、確認した反対側は厳重に封鎖されていましたが、
こちら側は、なぜか通行止めの「トラ柵」一つありません。
南側は、しっかりフェンスなどで封鎖されているのを確認していますので
通るのをあきらめました。
(フェンスを人間は通れても自転車を通せないかもしれないので)


今回の田口線レポートはこれまでです。
実際には、鳳来寺駅より南も少しだけ調べましたが中途半端になってしまいますので
次回、大草地区周辺から有名な橋柱周辺まで調べて第3弾として、ご報告するつもりです。

今日は(2008/2/2)田口線 廃線跡の前回、通れなかった部分を訪ねてみました。
今回、行ったのは豊橋鉄道田口線廃線跡の「清崎第一トンネル」-「田峰駅間」になります。
(麹坂トンネル北側も含む)
いったん、田峰駅側(南側)から行きましたが崖崩れの為、断念。
国道で北上、清崎第一トンネルまで行き、今度は北側から
崖崩れの場所まで行くという行程になりました。

前回のレポートは、こちら↓
田口線 廃線跡を自転車で訪ねる その2
http://blogs.yahoo.co.jp/corsa2003sp/12942532.html
田口線 廃線跡を自転車で訪ねる その1
http://blogs.yahoo.co.jp/corsa2003sp/12815279.html


イメージ 1

まずは車を止めた場所から国道、県道他で稲目トンネルを目指します。
途中、田口線鉄道跡が町道?になっている所で今回も「お猿さん」に出会いました。
距離はわずか3メートルほどまで近づきましたが、この後さすがに威嚇されました。
前回、サルの群れにあったところの近くでしたが今回は、この一匹しか確認できませんでした。


イメージ 15

中央の桜の木にサルがいます。
サルに出会った、ここは海老の町のすぐ裏です(町並みがすぐ下に広がっています)。
このあと、サルは木をおりて山に行くかと思いきや町の方に下っていきました。
今の時期、柿やミカンがまだ、なっている所もありますので食料を調達に人家の方に
降りていったのかもしれません。


イメージ 2

稲目トンネル(ここも、もと田口線のトンネル)を抜け橋を渡ります。
このあたりに「田峰駅」があったはずです。
現在は、道路拡張、住宅などの建設で当時の鉄道の雰囲気は残っていません。


イメージ 3

田峰駅があったところの西側へ少し入ると、田口線ではありませんが、
わずかに当時の痕跡を見つけました。
これは田口線に連絡していた「田峰森林鉄道」のトンネルだそうです。
今回、トンネル上部斜面で工事をしていた為か通行止めでしたが普段は遊歩道として
使われていたはずです。

また、今回、見逃してしましたが、画像の背中側に当時の貨物線用ホームの
コンクリートが、ほんの一部ですが残っているそうです。


イメージ 4

田峰を過ぎると線路は川の対岸に渡っていました。現在、川に橋脚などの痕跡は見られません。
(後日ネットで調べると川底に橋脚の台座らしき物があるそうです)
画像にある林道用?の橋を対岸に渡って線路跡を探します。


イメージ 5

対岸に渡ると川沿いに林道があります。
林道とほぼ、重なって線路跡があったようです。
(橋の近くは少し違う)


イメージ 6

少し行くと林道が東に曲がっていきますが線路は、まっすぐ進んでいます。
通行止めの「トラ柵」の向こうに小さな鉄橋があります。


イメージ 7

こんな鉄橋が残っていました。
いわゆるアイビーム橋です。鋼材の断面が「I」型の為、このように呼ばれるそうです。
先にネタをばらしてしまいますが、この区間で4ヶ所の橋がありましたので、
ここを仮に「北から4番目の鉄橋」と呼ぶことにします。


イメージ 8

山側は、岩の崖のままの、ところもありますが、石垣のところもあります。
ここは石垣ですが残念ながら上部から土砂が崩れてしまっています。
廃線後、40年の月日を示すように線路跡には、たくさんの木がはえています。
(この画像は北側から南側を見ています。)


イメージ 9

更に先に進むと、線路跡が完全に崩落していました。
画像で見るとたいしたことない斜面のように見えますが実際、現地での感覚は、かなりのものです。
それでも、人が通ったこともあるような痕跡が見られます。
自分も何とか木につかまってなら渡れそうな気がしましたが自転車もあるので
今回は(笑)あきらめます。


イメージ 10

最初の橋まで戻って対岸の国道に渡り、北上します。
国道からは、先ほどの「北から4番目の鉄橋」(ここは、よく見える)以外にも、
2、3ヶ所ほど鉄橋らしき物が見えます。
画像は、この区間、北から3番目の鉄橋でしょうか。
だとすると(第3)清崎トンネルの入口も、すぐ左にあるはずです。
トンネルが、なんとなく見えるような違うような(笑)

他にも清崎第2トンネルの南側入口も国道からわずかに見えます。


イメージ 11

国道の清嶺トンネル入口手前から南に入ったところが「長原前駅」があったところだそうです。
画像は駅があったと思われるところから線路跡(田峰駅方面)を見ています。
このあたりに駅の痕跡は感じられません。
あえていえば道が、そこだけ少し広くなっていることでしょうか。

駅跡と思われる広い部分に今は「山神」様の石碑があります。
この石碑は鉄道時代は、当然、ここにはなく鉄道廃止後、
多分、国道が今の位置になった際に、移設された物だと思います。


イメージ 12

駅があったところから山側を良く見ると枯れ草の間から不気味に
「(第1)清崎トンネル」が口をあけています。
ここは夏になったらトンネルに近づくのはもちろん、トンネルを見つけるのも
大変になるかもしれません。


イメージ 13

「(第1)清崎トンネル」の南側入口はトンネル自体が崩壊しています。


国道トンネルを通って「(第1)清崎トンネル」北側入口を探してみましたが見当たりません。
もしかしたら清崎(第1)トンネル北側は現在の国道トンネルと重なっていたのかもしれません。


イメージ 14

「(第1)清崎トンネル」の内部は水没していますので、よほどの決意がないと(水に入る)
こちらからトンネル北側を探すことは出来ませんね?


 ※ 清崎トンネル群の正式名が分りませんのでネットで
   アップされていた名称を使っています。

 ※ この続きは「その2」にて。

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