9月18日の検査で入院の勧告があるかと思っていたら結果が思いのほか良く
(と言っても、3か月後にまた検査)
連休に奈良史跡巡りサイクリングに行くことにしました。
(入院となっても入院前に行くつもりでしたが・笑)
(と言っても、3か月後にまた検査)
連休に奈良史跡巡りサイクリングに行くことにしました。
(入院となっても入院前に行くつもりでしたが・笑)
シルバーウィーク最中ということで飛鳥駅周辺は大変な賑わいでしたが・・・
さいわい私が行くようなところは普段とそれほど変わりません(笑)
さいわい私が行くようなところは普段とそれほど変わりません(笑)

まずは高市郡高取町の市尾墓山古墳。
右側が後円部で石室への階段、扉が見えます。

6世紀初めの築造と考えられている前方後円墳で長さは66mほどある古墳です。
国指定遺跡で綺麗に整備されています。

石室内部の様子。

刳抜式家形石棺が置かれています。
石棺のふたの右角が白っぽいのは盗掘で破壊された部分を
修復した跡でしょうか?
被葬者は巨勢氏の一族、巨勢男人(こせのおひと)が有力とされて
いるようです。

つぎは市尾墓山古墳のすぐ西隣の小高い丘にある市尾宮塚古墳。
天満神社の石段を登っていき拝殿の右裏手にあります。
(地形図などでみると、どう見ても左手方向に記載されているようにみえ少し迷った)
6世紀中頃の築造と考えられている前方後円墳。
全長約44mほどで画像の左手に前方部が広がっています。

扉の隙間から撮影した石室内部。
ここにも立派な刳抜式家形石棺がありました。
石棺、玄室ともに赤色の顔料で着色されているそうですが・・・
そう言われれば岩などの所々が赤っぽいような。
石棺とふたの間には石材が置かれて浮かされているようです。
(もちろん、近年のこと)
この古墳も巨勢一族の古墳と考えられています。
ここからは近鉄吉野線に沿って巨勢谷を南下して行きます。


引合餅と言う神事で地元では有名な川合八幡神社。

川合八幡神社を通り集落に入ると
間もなく水泥南古墳(みどろみなみこふん)。
7世紀前半築造と考えられている円墳。
直径は約25mとそれほど大きくはありませんが・・・
国指定の遺跡となっています。


この古墳には二つの刳抜式家形石棺が収められていますが手前の石棺の
蓋には蓮華紋が刻まれており仏教文化との関わりが考えられ注目されています。
(国指定となった理由?)
なお、水泥古墳は、この南古墳の他に北古墳(水泥塚穴古墳)もありますが
個人宅の敷地内であり原則、見学出来ません。
個人宅の敷地内であり原則、見学出来ません。

水泥古墳で折り返し、吉野口駅の北で巨勢寺の跡を探すことにします。
巨勢寺は、かつて大いに栄えたようですが現在は小さな大日堂の前に
礎石を残すだけとなっています。

みたところ、やはり巨勢寺塔跡(塔心礎)が残るのみ。

ただし、大日堂の礎石は建物の規模の割に礎石が立派なので、かつての
巨勢寺の建物の礎石を利用しているのかもしれません。

今日は奈良県泊なので・・・夜まで、まだまだ探索するつもり。
この後は国道309号線、大口峠を越えて葛城の古墳を巡ります。


















